2019年10月15日

納豆


「納豆」は、豆腐と違い、日本語である。

「寺納豆に起り、納所の僧の豆の義化と云ふ。いかがか」(大言海)

で、

「古製なるは濱名納豆」

とある。「納所」(のうしょ/なっしょ)とは、年貢などを納める所の意だが、ここでは、

寺院で、施物を納め、また会計などの寺務を取り扱うところ、またそれをつかさどる僧、

の意である。

「僧侶が寺院で出納事務を行う『納所(なっしょ)』で作られ、豆を桶 や壷に納めて貯蔵したため、こう呼ばれるようになったとする説が有力とされている。『なっ』は呉音『なふ』が転じた『なっ』で、『とう』は漢音『とう』からの和製漢語である」(語源由来辞典)

「濱名納豆」は、

「遠州濱松(旧名、濱名)の大福寺の製に始まる」

とあり(大言海)、

「黒大豆を煮て、小麦粉を衣として麹とし、砕きて煎じたる鹽汁に浸し、生姜、山椒皮、陳皮、紫蘇葉、芥子などを刻みて加へ、圧して数十日の後、乾して成る。此の種にて一休納豆、味最も美なり」

とする。どうやら、今日の「納豆」、つまり、

糸引き納豆、

とは別種で、

塩辛納豆、
浜納豆、
大徳寺納豆、
寺納豆、
唐納豆、

等々とも呼ばれる。

「奈良時代より宮内省大膳職で作られた『鼓(くき)』の一種であるといわれる。室町時代になると納豆、唐納豆、寺院で作ることが多いところから寺納豆とも呼ばれた。京都の大徳寺納豆、浜名湖畔大福寺の浜名納豆が有名である」

とある(日本語源大辞典)。これは、

「豆腐と同じように、中国から製法が伝わったものである。中国では、納豆を『鼓(し)』といった。これは後漢時代の文献に現れている。日本に伝わったのは古く平安時代の『和名鈔』に和名クキとしてある。鼓をクキとよんだ。中国の鼓には、淡鼓、塩鼓がある。淡鼓が、日本の苞納豆(糸引き納豆)にあたり、塩鼓が日本の浜名納豆・寺納豆・大徳寺納豆の類である」(たべもの語源辞典)

「茶菓子としても利休以下多くの茶人に愛され、京菓子の中には餡の中にこの納豆をしのばせたものもある」

とか(仝上)。

02.jpg

(濱名納豆 https://ymy.co.jp/hamanatto.phpより)


今日の日常食する納豆は、淡鼓を簡単に作ったもので、これは、

日本の発明、

である(仝上)、とか。その由来には、

利休が馬屋の藁の中に落ちていた味噌豆にカビが生えているのを見て発明した、
八幡太郎義家が東北地方の征伐に出陣した時、その家来が偶然豆が糸を引くことを発見し納豆を発明した、
神棚に供えておいた豆が納豆に変化したのを見てその製法を考えた、

等々諸説あるが、

「東北地方に古くからあり、九州地方にもあった。これは東北の発明を九州へもっていったからだという」

とある(仝上)ので、民間で、古くから自然発酵法で行われたものと思われる。11世紀半ば頃に藤原明衡によって書かれた『新猿楽記』の中で、

「『精進物、春、塩辛納豆』とあるのが初見で、この『猿楽記』がベストセラーになったことにより、納豆という記され方が広まったとされる」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86、「糸引き納豆」は、

「室町中期になると、公家の日記などに登場する(『大上臈御名之事』に『まめなっとう、いと』)、『御湯殿上日記・享禄二年一二月九日』に『いとひき』などの例があり、女房詞で『いと』『いとひき』と呼ばれていた。当時の生産地が近江であることなどを考え合わせると、近畿で創出された可能性も高い」

とある(日本語源大辞典)。さらに、

「室町時代中期の御伽草子『精進魚類物語』が最古のものと言われる。なまぐさ料理と精進料理が擬人化して合戦する物語だが、『納豆太郎糸重』という納豆を擬人化した人物の描写は藁苞納豆と通ずるものがある」

ともありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86、室町期には、ある程度、一般化していたものらしい。その起源は、

「糸引き納豆は、『煮豆』と『藁』の菌(弥生時代の住居には藁が敷き詰められていた。また炉があるために温度と湿度が菌繁殖に適した温度になる)がたまたま作用し、偶然に糸引き納豆が出来たと考えられているが、起源や時代背景については様々な説があり定かではない。『大豆』は既に縄文時代に伝来しており、稲作も始まっていたが、納豆の起源がその頃まで遡るのかは不明である」

とあり、一部で使われていた可能性は残る。

納豆が庶民の間で広く食されるようになったのは江戸時代、それも、一年中納豆を手に入れることができるようになったのは江戸時代中期。それ以前は主に冬に食べられていたため、納豆は冬の季語とされている。納豆が庶民に食されるようになるのは、江戸時代である。

「からすの鳴かぬ日はあれど、納豆売りの来ぬ日はなし。土地の人の好物なる故と思はる」(江戸自慢)

との記述もあるhttps://style.nikkei.com/article/DGXMZO30208400Y8A500C1000000?page=3し、

納豆と蜆(しじみ)に朝寝おこされる、

という川柳もある(仝上)。

「各町内の木戸が開くのは明け六つ(朝6時頃)。夜が明ける時刻が明け六つですから、このころから湯屋(銭湯)の男湯がにぎわいだします。なんたって、廓(くるわ:遊郭のこと)帰りや、商家のご隠居、道楽者などが、朝湯にどっと繰り出します。長屋の木戸が開くと聞こえてくるのは、浅利売り、納豆売りの声です。『明星(金星)が入ると納豆売りが来る』」

といった具合だったらしいhttps://edococo.exblog.jp/9088724/

こんな文章もあるhttp://www.natto.or.jp/bungakushi/s07.html

「霜のあしたを黎明から呼び歩いて、『納豆ゥ納豆、味噌豆やァ味噌豆、納豆なっとう納豆ッ』と、都の大路小路にその声を聞く時、江戸ッ児には如何なことにもそを炊きたての飯にと思立ってはそのままにやり過ごせず、『オウ、一つくんねえ』と藁づとから取出すやつを、小皿に盛らして掻きたての辛子、『先ず有難え』と漸く安心して寝衣のままに咬(くわ)え楊枝で朝風呂に出かけ、番頭を促して湯槽の板幾枚をめくらせ、ピリリと来るのをジッと我慢して、『番ッさん、ぬるいぜ!』、なぞは何処までもよく出来ている」(柴田流星『残された江戸』(明治44年))

豆腐50文、
そば16文、

に対し、

納豆4文、
シジミ一枡10文、
冷や水4文、

とあるhttps://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1210/25/news108.html。納豆は安い。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:37| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする