2019年10月28日

カチグリ


「カチグリ」は、

搗栗、
勝栗、

と当てる。「勝栗」は当て字だろう。

栗の実を殻のまま干して、臼で搗(つ)き、殻と渋皮とを取り除いたもの、

で、昔から保存用として重宝された。

「秋に収穫したクリを1週間から20日ぐらい日光で乾燥したうえ、さらに竹簀(たけす)底の木箱に入れて焙炉(ほいろ)にかけ約2昼夜加熱したのち臼(うす)にとり、杵(きね)で軽く搗(つ)いて殻を搗き割り、ふるって、実だけを残す」

とある(日本大百科全書)。「搗く」は、古く、

かつ、

と訓んだので、

カチグリ、

と呼ぶ。また、

搗、

が、

勝、

に通ずるから出陣や勝利の祝い、正月の祝儀などにもちいた(広辞苑)、とある。『徴古歳時記』に、

「搗と勝と訓の同じなれば、勝といふ義にとりて、これを祝節に用ふ」

とある、とか。

押栗、
あまぐり、

ともいう(仝上)。江戸前期の《本朝食鑑》(1697)などは、

天日で干しあげたものをつくとし,後期の《草木六部耕種法》(1823)などは、

1昼夜ほど〈あく〉につけてから同じようにしてつくるとしているが、搗栗子〉の語は奈良時代から見られ,《延喜式》には,丹波その他の諸国から貢納され,神祭仏会などの料として〈平栗子〉〈干栗子〉〈甘栗子〉〈生栗子〉などと併記された例も見られる、

とある(世界大百科事典)ほど、古くからなじみのものである。

この栗は、各栽培品種の原種で山野に自生するもので、

シバグリ(柴栗)、
または、
ヤマグリ(山栗)、

あるいは、

ササグリ(小栗)、

と呼ばれる、「栗」は、

実の皮の隍(くり)色をしているからクリという。隍は黒色の転じたものである」

とある(たべもの語源辞典)。「クリ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/458882224.htmlで触れたように、

「僧契沖の説に『くりは涅なり。その色をもて名づく』とある。涅(くり)は水中の黒い土である。涅はくらき色を染める物である。その色は栗の皮に似ている。これを,滝沢馬琴が『燕石雑志』に『物の名』で書いている。(中略)要するにクリの名は,果皮の黒っぽいという特色からでたものと考えられる。」(たべもの語源辞典)

「石を意味する古語『クリ』は、水底によどむ黒い土を表す『くり(涅)』と同源であるため、『クリ』は色の『黒』や石の『クリ』と同系と考えられる。」(語源由来辞典)

とあり、「あか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.htmlで触れたように, 古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とするので、「黒」は,「『くら(暗)』と同源か。またくり(涅)と同源」(仝上)とある。「涅」は,水底に沈んだ黒い土,涅色を指し,明暗の意である。

shibaguri03.jpg

(自生するシバグリ https://kinomemocho.com/sanpo_kachiguri.htmlより)


「シバグリ」(「しばくり」とも)は、山地に自生し、実は小粒だが味がよい、とされる。指の先ほどの大きさしかないので、

「柴くりは小粒で拾い集めるのが大変です。落ちているクリには虫が入っていることが多く、 穴の開いてないクリを採るには木についているイガを落とさなければなりません。 イガも丈夫でなかなか実を開けさせませんので、思うように採取ができません。クリは「クマ」の大好物です。 食べ方もイガを剥いてきれいに食べています。時には枝を折って食べてますが日中に会うことはありませんので 夜中に食べてるようです」

http://www.sansaikinoko.com/memo-sibakuri.htmあり、小さいが甘さは一味違う美味しいさ、とか。

縁起ものとして「勝栗」は、武士が出陣の際、

勝栗・熨斗(のし)・昆布、

の三つを肴にして、門出を祝った(たべもの語源辞典)、という。「熨斗」は、元来長寿を表す鮑が使われていた。

熨斗鮑(のしあわび)、
あるいは、
打鮑(うちあはび)、

が原型である。「熨斗鮑」は、

「鮑の肉を、かんぺう(干瓢)を剥ぐ如く、薄く長く剥ぎて、條(スジ)とし、引き延ばして干したるもの。略して、のし。儀式の肴に代用し、祝儀の贈物などに添えて飾とす。(延長の義に因る)。長きままにて用ゐるを、ながのしと云ふ。古くは、剥がずして、打ち展べて用ゐ、ウチアハビなどとも云へり。アハビノシ、カヒザカナ」

とある(大言海)。厳密には、出陣時は、

うちあはび、

とされる。「打鮑」は、

「古へは打ち伸(の)して薄くせり。薄すあはびとも云ひき」

として、

「今、ノシアハビと云ふ」

とあり、

ただ打ち延ばす、
か、
薄く剥ぐか、

の違いのようだ。

img013 (2).jpg

(出陣の肴組 武家戦陣資料事典より)

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(陪膳所役の図 仝上)


後世になるほど儀式ばったようで、儀式化したのは室町以降とか。

「配膳所役が折敷に打鮑五本か三本並べた土器と、打栗(勝栗)五個か七個入れた土器と、昆布三切れが五切れ入れた土器と、盃三つ重ねをのせたものを左右中ほどを両手で捧げ持ち、左足からしずしずと踏みしめ、折敷を据え置く場所へは右足で踏み込み、左足をそろえて立ってから膝を地につかずして蹲踞して置き、立つときも手を地についたり膝を突いたりしないで立って右足を前方に踏み出して回れ左をして右足から踏み出して元の席にもどる」

とある(武家戦陣資料事典)が、

一般には、

打鮑・勝栗・干昆布、

とされるのは、

打って・勝って・喜ぶ、

の縁起だが、

打鮑・勝栗、

のみにするものもあり、

肴はかうのもの一切れなり、

と簡単なものもある(今川大双紙)、とか(仝上)。

参考文献;
笹間良彦『武家戦陣資料事典』(第一書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:53| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする