2019年10月31日
風呂吹き大根
「風呂吹き」は、
大根・蕪などを、柔らかく茹で、その熱い間に練り味噌を塗って食べる料理、
の意である(広辞苑)が、大根・蕪の他、
「トウガンや柿の実などが用いられ、『風呂吹き大根』や『蕪の風呂吹き』、『柿の風呂吹き』などと呼ばれ、いずれも熱いものを食べる」
ともある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82%E5%90%B9%E3%81%8D)。大根に限らない。
この「風呂吹き」の由来には、諸説ある。大言海は、
「風呂に入り、體の熱潤したるに、息を吹きかけて、垢を掻くこと」
とある。甲陽軍鑑に、
「伊勢風呂という申子細は、伊勢の国衆ほど熱風呂を好て、能吹申さるるに付て、云々夫荒仕子(ブアラシコ)までも、風呂ふくすべを存候は、あつき風呂好く故かと見え申候」
卜養狂歌集に、
「名を右衛門と云ふ若き人、風呂吹くこと上手なれば、云々、或人、風呂を新しく立て、入りぞめしけるに、云々、入風呂を祝ふて三度、長息に、フトクトクトク、フクトクと吹く」(風呂吹大根、此に起る)
とあるのを、引用する。この説が有力らしく、たべもの語源辞典も、
「今日では湯に入ることを風呂に入るというが、もとは湯屋と風呂とは別のもので風呂といえば蒸気でむされることであった。山東京伝に『伊勢の風呂吹』がある。それによると、『甲陽軍鑑』の天文一四年(1545)の条に、伊勢風呂といって伊勢の国の人たちが熱風呂を好んで、垢をとるために身体に息を吹きかけることが書かれていた。宝永七年(1710)の『自笑内証鑑』には、大坂道頓堀の風呂屋のところで、『この風呂へ入相のころより来り吹いて吹かれて、ざっとあがり湯に座して…』とある。宝永の頃まで風呂を吹くということがあったのであろう。伊勢の人の物語を聞くと、『風呂を吹くというのは、空風呂になることである。これを伊勢小風呂という。垢をかく者が、風呂に入る者の体に息を吹きかけて垢をかく。こうすると息を吹きかけたところにうるおいが出て、垢がよく落ちる。口で拍子をとりながら、息を吹きかけて垢をかくのに上手下手があるのは面白いことである。そこで垢をかく者を風呂吹という。伊勢にはいまもこの風呂吹がいるとのことである』という。…この風呂吹というのは、蒸し風呂で体を熱してから、息をかけて垢をするというのが、この動作は、湯気の出るような体に息をかけることである。風呂吹大根とは、大根を熱く蒸して、湯気の立つくらいのところを息を吹きかけて食べるさまが、この風呂吹に似ているので、名付けられたのである」
とし、語源由来辞典(http://gogen-allguide.com/hu/furofukidaikon.html)も、
「風呂吹きは、冷ましながら食べる仕種に由来する。昔の風呂は蒸し風呂で、熱くなった体に息を吹きかけると垢を掻きやすいため、息を吹きかけ垢をこすり取る者がいた。蒸し風呂で息を吹きかけ垢を取ることや、その者を『風呂吹き』と呼んでいた。湯気の出る息を吹きかける様子と、その料理を食べるときに冷ます姿が似ていることから、『風呂吹き』と呼ぶようになった」
とし、さらに、由来・語源辞典(http://yain.jp/i/%E9%A2%A8%E5%91%82%E5%90%B9%E3%81%8D%E5%A4%A7%E6%A0%B9)も、
「昔の風呂は蒸し風呂であったが、その風呂には『風呂吹き』と呼ばれる、垢をこする役目の者がいて、熱くなった体に息を吹きかながら垢をかいたという。熱い大根に息を吹きかけて、冷ましながら食べる様子が『風呂吹き』に似ていたので、この名がついたとされる」
とする。しかし、垢取りの「風呂吹き」が料理の名になるのだろうか。しかも、伊勢のローカルな話が一般化するには、「風呂吹き」の料理が、伊勢発祥というのならともかく、どうもつながらない、こじつけではないか、と思えるのだが、他の説が、しかし、それ以上にいただけない。たとえば、
「ある僧から『大根の茹で汁を漆貯蔵室の風呂に吹き込むと、うるしの乾きが早くなる』と聞いた漆職人が、その通りにしてみたところ大変効果があったので、大根の茹で汁を大量に作ったが、茹でた大根が残るため近所の人に配ったことから、『風呂吹き大根』と呼ばれるようになったとする説」(語源由来辞典)
同じく、
「ある僧から『大根の茹で汁を漆貯蔵室の風呂に吹き込むと、うるしの乾きが早くなる』と聞いた漆職人が、その通りにしてみたところ大変効果があったので、大根の茹で汁を大量に作ったが、茹でた大根が残るため近所の人に配ったことから、『風呂吹き大根』と呼ばれるようになったとする説」
がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82%E5%90%B9%E3%81%8D、飲食事典他)。あるいは、
「大根は体にもよく、安くて経済的なため『不老富貴』の意味からとった説」
もある(語源由来辞典)。しかし、確かに、
「元々この料理はカブで作られており、単に『風呂吹き』と呼ばれていた。『風呂吹き』の材料をカブから大根に替えたものが『風呂吹き大根』であるから、不老富貴や漆職人の説は考えられない」
のである(仝上)。
大根を使った風呂吹きが作られるようになったのは、江戸初期頃と考えられている(仝上)。
とすると、風呂(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461438920.html)で触れたように、まだ湯屋の起こる江戸中期前なら、風呂は蒸し風呂である。それなら、
「風呂(蒸し風呂)+吹き(蒸気を吹きかけて暖まる)」
と(日本語源広辞典)、垢かきと切り離してなら、食物の命名として妥当に思えるがどうだろう。
なお、大根と蕪は、
「すずしろ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465194822.html)、
「すずな」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465179244.html)、
で触れた。
参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95