2019年11月28日

にわか


「にわか」は、

俄、

と当てる。

急に変化が現れる、

意で、

だしぬけ、
すぐさま、

という意である(広辞苑)。「俄」(ガ)は、

「会意兼形声。我(ガ)は、厂型に折れ曲がり、ぎざぎざの刃のついた熊手のような武器を描いた象形文字で、われの意に用いるのは当て字。俄は『人+音符我』で、何事もなく平らに進んだ事態が、急に厂型にがくんと折れ曲がる意を含む」

とあり(漢字源)、「にわかに」「急に」の意である。昨今、

俄ラグビーファン、

が急増したという使い方で、おなじみである。語源は、

イマカ(息間所)の義(言元梯)、
急なことは、一、二と分かずの意か(和句解)、
ニはニヒ(新)から分化した語か。カは形容語尾(日本古語大辞典=松岡静雄、国語の語根とその分類=大島正健)、

等々諸説あるが、はっきりしない。ただ、この

にわかに、

の意からきていると思うが、「俄」は、

俄狂言、

の意で使われる。「俄」は、

仁輪加、
仁和歌、
二和加、

等々、さまざまな当て字を使う、

宴席や路上などで行われた即興の芝居、

の意だが、

またの名を茶番(ちゃばん)、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%84のは、後世、混同されたのちのことで、本来、

茶番(狂言)、

俄(狂言)、

とは別である。そのことは、茶番http://ppnetwork.seesaa.net/article/435545540.htmlで触れた。

茶番、

にわか、

は、素人芸としてひとくくりにされているが、「俄」は,

「俄狂言の略。素人が座敷・街頭で行った即興の滑稽寸劇で,のちに寄席などで興業されたもの。もと京の島原で始まり,江戸吉原にも移された。明治以後,改良俄・新聞俄・大阪俄といわれたものから喜劇劇団が生まれた。地方では,博多俄が名高い。茶番狂言。仁輪加。」

とある(広辞苑)。岩波古語辞典に、「にはか」について、

「もと、座興のために素人が演じた…洒落、滑稽を主とした一種の茶番狂言。享保頃遊里に発生し、後、専門の芸人が演ずるようになった」

とある「一種の茶番狂言」という言い方が正確である。あるいは、

「俄、つまり素人が演じたことからこう呼ばれる。あるいは一説に、路上で突然始まり衆目を集めたため、「にわかに始まる」という意味から「俄」と呼ばれるようになったと伝えられる」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%84通り、

「享保年間(1716~36)、大坂住吉神社の夏祭の行列で、素人が行った即興劇を起源とするという」

ともある(日本語源大辞典)。あるいは、

「享保元文の頃、二羽屋嘉平次の頓作をはやして『二羽嘉』と称したところから思いついて、提灯に『二〇加』と書いて頓作を流して歩いたことから」

という説(話の大辞典=日置昌一)もある。すでに、

「天和時代の京島原遊廓に源流の芸が存在した。安永時代 (1772 – 1780年)の諸書に俄の芸が登場する」

らしい(仝上)。いずれにしても、関西発祥で、大阪で最も盛んにおこなわれ(仝上)、各地に俄が伝わり、

大阪俄、
博多俄、
肥後俄、
佐賀俄、

等々があるらしいが、各々の地域が俄と呼んでいる内容は

①オチのついたコント、②踊り、③獅子舞、④仮装、⑤行列、⑥山車や屋台などの造り物、

と多岐にわたる、という(歌舞伎研究者・佐藤恵理、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%84)。

それが江戸にも伝わった。大言海には、こうある。

「俄に趣向をつけて、当意即妙、道化滑稽(おどけ)の事を演ずるもの。江戸、新吉原にては、男女芸者、廓内の街道を演じて行く。これ毎年、秋期、陰暦八月おこなはるるなり」

と。

歌麿 青楼仁和嘉全盛遊.jpg

(喜多川歌麿「青楼仁和嘉全盛遊 豊年太神楽」吉原で8月の最大の行事、仁和嘉(俄)の一場面を描く。即興の狂言や踊りながら練り歩く様は人気を呼び、天明、寛政の頃に最高潮に達した。歌麿は同じ表題で寛政中期と享和期に2種類の揃物を描いている。後者は俄踊りの外題と演ずる芸者の名前が記される。本図は豊作を祈願あるいは感謝する神楽に基づく俄を取材している http://ch.kanagawa-museum.jp/dm/ukiyoe/esi/kitagawa/d_kitagawa12.htmlより)

歌麿 青楼仁和嘉 女芸者之部.jpg

(喜多川歌麿 青楼仁和嘉 女芸者之部 江戸時代青楼すなわちここでは吉原の各種行事に際して、男女の芸者たちが思い思いの扮装をこらして郭内を練り歩き、行事ににぎわいをそえたそうだが、この図はいわゆるこの吉原俄における当時売れっ子の女たちの若衆姿を描いたものであろう。浅妻船、扇売、歌吉とある http://www.gekkanbijutsu.co.jp/shop/goods/02070419.htmより)


しかし、「茶番」は、「茶番」http://ppnetwork.seesaa.net/article/435545540.htmlで触れたように、山東京山『蜘蛛の絲巻』(弘化)が、

「天明元年の十二月,ある所なる勢家にて,年忘れとて茶番ということありしに,云々,茶番の題は,鬼に金棒,二階から目薬,猫の尻へ木槌など云ふ卑俗の諺なり」

と書くように(大言海)に,お題が,諺から与えられて,何かを演ずる,ということらしい,

「江戸にて,芝居の役者共,顔見世の頃,楽屋にて,茶番,餅番,酒番などとて,其番にあたりし者より饗することあり,色々たはれ(戯)たる趣向を尽くす。此時茶番に当たりし役者の,工夫思ひつきに,景物を出してせしを,云いひなるべし。略して,ちゃばん,にはか(京都)」

と,「茶番」の出自が明らかになっている。大田覃「俗耳鼓吹」(天明)は,

「俄と茶番とは,似て非なるもの也」

としているように、茶番は、あくまで、

江戸歌舞伎の楽屋内、

で発生したもので、

「下手な役者が手近な 物を用いて滑稽な寸劇や話芸を演じるもののこと。本来、茶番はお茶の用意や給仕をする者のことであるが、楽屋でお茶を給仕していた大部屋の役者が、余興で茶菓子などをつかいオチにしたことから,この芝居を『茶番狂言』と呼ばれるようになった。此の寸劇では,オチに使ったものを,客に無料で配っていたため,見物客の中には,寸劇ではなく,くばられる品物を目当てに訪れる者もいたといわれる。」

それには、

口上茶番

立ち茶番

とがあったらしい(大辞林)。「口上茶番」は,

身振りを入れず,座ったまま、せりふだけで演じる滑稽を演じるもの,

「立茶番」は,

「かつら・衣装をつけ,化粧をして芝居をもじったこっけいなしぐさをする素人演芸」

となる。

どちらかというと、俄はお座敷芸だが,茶番は,歌舞伎役者の内々の芸,あるいは,落語の前座の芸比べといった雰囲気で,俄が,「喜劇劇団」になっていくのに対して,茶番は,実体を失い,

茶番劇,

と,出来レースというか,見えすいた小芝居,と喩えられる言葉の中にのみ,かろうじて生きている,という感じである。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:18| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする