2019年12月16日

よね


「米」は、

こめ、

と訓むが、漢字では、

ベイ(漢音)、
マイ(呉音)、

と訓み、共に日本語でも、

米価・米穀・米作・米飯等々、

外米・玄米・産米・新米・精米・洗米・白米・飯米・禄米等々、
と、

それぞれ訓む。また「米」は、

よね、
めめ、

とも訓む。「めめ」は、

女房詞、

で(岩波古語辞典辞典)、

めを重ねたる語、

で(大言海)、「こめ」を言い換えたものに思われる。では、

よね、

と訓むのは何か。

米沢、
米山、
米子、

等々、「よね」とつながる地名も多い。

こめhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/454757401.htmlで触れたように、

「契沖は,脱穀したものがコメ,更に精白したものがヨネではないかとしている(『随筆・円珠庵雑記』)。しかし,中古・中世の文献によると,漢文訓読および和文的な作品でヨネが多く,説話や故実書,キリシタン文献などでコメを用いている。これはヨネが雅語的・文章語的性格を有したのに対して,コメが実用語的・口頭語的な性格が強かったからではないかと解釈される。方言でヨネの類がほとんど見当たらないのも,話し言葉では早くからコメが用いられていたことを意味する。」

とあり(日本語源大辞典)、「こめ」と「よね」は、並立して使われた来たらしい。

葛飾北斎の『富嶽三十六景』に描かれる水車の流れ水で米を研ぐ農夫.jpg

(葛飾北斎の『富嶽三十六景』 水車の流れ水で米を研ぐ農夫 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3より)

「稲(しね)の死ねに通ふのを忌みて、吉(よ)ねと云ふなりと云ふ。葦(悪)をよし(善)と云ふが如し」

とある(大言海)。これだけだとわからないが、「しね」を引くと、

「天爾波(てにをは)のシニ、稲の約まりたるが付きたる語か」

とあり(仝上)、

熟語にのみ用ゐる(大言海)、
他の語の下につくときに使う(岩波古語辞典)、

とある。たとえば、

十握稲穂(トツカシネノホ 顕宗即位前紀)、
和稲荒稲(ニギシネアラシネ 大忌祭祝詞)、
御稲(みしね)つく女(おみな)(神楽歌)

等々(大言海、岩波古語辞典)。用例から見ると、ふるく、

シネ、

と訓んでいたらしい。その流れで、

雅語的・文章語、

の文脈では、

よね、

と訓ませたもののように見える。

他の語源説を見ると、

ヨキタネ(嘉種)の義(東雅)、
ヨキイネ(美稲・味稲)の中略(類聚名物考・和訓集説)、
ヨキネ(良米)の義(名言通)、

等々、「良い」と関わらせる説が多い。他に、

ヨネ(世根)の義(柴門和語類集・折口学への招待=高橋正秀)、
ヨはヨハヒ(齢)のヨ。ネは根の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ユミ(小子)の義。コメ(米)に通ず(言元梯)、
イナホザネ(稲穂実)の義(日本語原学=林甕臣)、
イトノベ(糸延)の反(名語記)、
ヤナグヒ(箶簶)と同源のヤナから(続上代特殊仮名音義=森重敏)、

等々があるが、「ヨネ」の語呂合わせにしか見えない。それなら、

イナ(稲)の母音交替形ヨナの転(岩波古語辞典)、

の方が筋が通る。「いな」は、「いね」http://ppnetwork.seesaa.net/article/454779702.htmlで触れたように、

イネの古形、

である。憶説だが、

イナ→ヨナ→ヨネ、

という転訛ではあるまいか。「よな」の訓みの古さから考えても、また「こめ」と並行して使われていたことからも、あり得ると思うがどうだろう。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:よね
posted by Toshi at 05:31| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする