2019年12月17日

うどん


「うどん」は、

饂飩、

と当てる。

うんどんの転、

とある(岩波古語辞典)。つまり、

饂飩、

の音読みである。

「饂は温なるに、飩の食偏に連れて、連字改偏旁せしなり、輻湊を輻輳、爛漫を爛熳とする類」

とある(大言海)。

「奈良時代に渡来した唐菓子に『混沌』というものがある。『混沌』は物事のけじめがつなかいさまをいうが、小麦粉の皮に餡(肉や糖蜜など)を包んで煮たもの(丸いワンタンのようなもの)で、丸めた団子はくるくるして端がないことから『こんとん』とよばれた。たべものなので食偏に改めて『餛飩』と書いた。熱いたべものなので『温飩』と書くようにもなり、これが、また食偏に変わって『饂飩』になった」

ということである(たべもの語源辞典)。

「丸い形のものだったので、それを切って細くしたとき、切麦(切麺とも書く)というよび名も生まれた。…熱したものを『あつむぎ』、冷やしたのを『ひやむぎ』とよんだ。オントン(温飩)がウントン(饂飩)になって、室町時代に。ウドンというよび名が使われ始めた。しかし江戸時代になっても、ウンドンというよび名がウドンとともに用いられていた」

とある(仝上)。

江戸時代のうどん売り.jpg

(江戸時代のうどん売り・守貞謾稿 http://www.eonet.ne.jp/~sobakiri/7.htmlより)


ちなみに、切麦を温かくして食べる「温麦」と冷やして食べる「冷麦」は総じてうどんと呼ばれてきたが、

「細い物などは『冷麦』『素麺』と分けて称することが一般的ではあるが、乾麺に関して太さによる規定がある以外は厳密な規定はなく、細い麺であっても『稲庭うどん』の例も存在し、厚みの薄い麺も基準を満たせば、乾麺については『きしめん、ひもかわ』と称してよいと規定があり、これらもうどんの一種類に含まれる」

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A9%E3%82%93

「うどん」発祥については、

奈良時代に遣唐使によって中国から渡来した小麦粉の餡入りの団子菓子「混飩(こんとん)」に起源を求める説。青木正児の「饂飩の歴史」によれば、ワンタンに相当する中国語は「餛飩」(コントン)と書き、またこれを「餫飩」(ウントン、コントン)とも書き、これが同じ読み方の「温飩」(ウントン)という表記になり、これが「饂飩」(ウドン)となったとする(仝上)、

上記の説以外にも、

平安時代に空海が唐から饂飩を四国に伝えて讃岐うどんが誕生したという説、
平安時代の989年、一条天皇が春日大社へ詣でた際に「はくたく」を食べたという「小右記」の記述から、発祥は奈良とする説、
仁治2年(1241年)に中国から帰国した円爾(聖一国師)が製粉の技術を持ち帰り、「饂飩・蕎麦・饅頭」などの粉物食文化を広めたとする説(承天寺(福岡市、円爾建立)境内には「饂飩蕎麦発祥之地」と記された石碑がある)、
中国から渡来した切り麦が日本で独自に進化したものであるという説(奥村彪生によれば、麵を加熱して付け汁で食するものは中国には無く、日本の平安時代の文献にあるコントンは肉の餡を小麦の皮で包んだもので、うどんとは別ものであり、うどんを表現する表記の文献初出は南北朝時代の「ウトム」であるとする)、

等々がある(仝上)。特に、日本発祥かどうかは別に、

「小麦粉の皮に餡を包んだワンタンのようなものと、そば状の『うどん』とは、まったく別種のたべものなので、渡来したとき、初めからこの二つは別々のものとしてはいってきたのではないかと考える」

とする説(たべもの語源辞典)もある。だから、

こんとん(混沌)→おんとん(温飩)→うんどん(饂飩)→うどん(饂飩)、

の変化とは別系統の、

索餅(さくべい)→麦縄(むぎなわ)→切麦→うどん、

という流れがある、とする説がある。それによると、

「西アジアから伝わった小麦文化は、中国で麺の原型となる食べものに変化します。中国で『麺(ミエン)』というのは、もともとは小麦粉のことを指し、日本でいう『麺』にあたるものは『麺条(ミエンテイアオ)』と呼ばれていました。小麦を加工した食品には他に『餅』がありますが、これは日本の『もち』ではなく『ピン』といって、その後登場する麺の原型となった食べものです。」

「『餅(ピン)』には、練った小麦粉を現在の饅頭や焼売のように蒸した『蒸餅(ツエピン)』、パンや煎餅のように焼いた『焼餅(サオピン)』、小麦粉に『みょうばん』や『かんすい』などの添加物を加えて棒状にねじって油で揚げた『油餅(イウピン)』、スープの中に入れてゆでた『湯餅(タンピン)』の4種類があります。この4種類の中で、「ゆでる」という調理法が現在の「麺」に発展していくのです。」

https://www.tablemark.co.jp/udon/udon-univ/lecture01/index.htmlし、餅(ピン)が「うどん」に変化していく、とする。

まず、「索餅(さくべい)」という、中国最古の麺と呼ばれる、小麦粉と米粉を混ぜて塩水で練り、縄状にねじった太い麺がある。

「日本でも奈良時代にはたくさんの「索餅」が作れていたようです。小麦粉の大量生産のために大型の回転式臼を使用していたといわれ、東大寺境内の古井戸からは臼の破片が発見されています。また平安時代には、長寿祈願の食べものとして宮中でも供応されていたといわれています。」(仝上)

清の時代に書かれた書物には、

「『索餅は水引餅(すいいんべい)のことである』と書かれています。「水引餅」とは、紐状にした麺を水につけてから人差し指と親指ではさみ、もみながらニラの葉のように薄く手延べしたものを指します。これをスープに入れてゆでて食べる」

らしく、うどんの直接の原型とみられている(仝上)。

太い縄状にねじった太い「索餅(さくべい)」の次に現れるのは、それを細く伸ばした、「麦縄(むぎなわ)」になる。

「『索餅』の『索』という漢字には『縄』という意味があり、『麦縄(むぎなわ)』という文字は『索餅』の直訳で、同じ食べものを指します。」

そして、「切麦」となる。

「小麦粉を水でこねて細く切った『切麦』という、うどんの原型が登場します。中国では小麦粉を使わずに麺がグルテン化しない素材(米、そば、緑豆等)を、円筒形の筒から直接湯の中に入れてゆでる食べ方があります。さらに中国の麺作りの進化の過程で、包丁で麺を切り出す方法が生まれます。宗の時代にはこれを『切麺(チェミェン)』と呼び、『切麦』のルーツといわれています。」

という流れで見るhttps://www.tablemark.co.jp/udon/udon-univ/lecture01/index.htmlと、やはり、ワンタン状の

こんとん(混沌)→おんとん(温飩)→うんどん(饂飩)→うどん(饂飩)、

というの変化には無理があり、別系統の、

索餅(さくべい)→麦縄(むぎなわ)→切麦→うどん、

という、

太い縄状にねじった太い麺(索餅)→細く伸ばした麺(麦縄)→切麦(うどん)、

の方が自然に思われる。

なお今日では、「うどん」はとうがらしだが、江戸時代中期までは、薬味はコショウで、必ず梅干しが添えられていた。江戸時代後期にトウガラシ栽培が軌道に乗るに連れ、その地位を奪われることになる(たべもの語源辞典、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A9%E3%82%93)。

「そば」http://ppnetwork.seesaa.net/article/437123006.html
「蕎麦切」http://ppnetwork.seesaa.net/article/471421916.html

についてはすでに、それぞれ触れたが、由来から見ると、歴史的には蕎麦(蕎麦切り)よりうどんの方が古い、ということになる。

茹であげた状態のうどん.jpg

(茹であげた状態のうどん https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A9%E3%82%93より)

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:21| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする