2020年01月16日

まくら


柳家小三治『ま・く・ら』『もひとつま・く・ら』を読む。

小三治・まくら.jpg


今更めくが、柳家小三治『どこからお話ししましょうか』http://ppnetwork.seesaa.net/article/473027032.html?1578515555という柳家小三治自伝を読んだついでに、「まくら」だけを集めたものがあると知って、読み始めた。

柳家小三治は、噺の導入部である「マクラ」が抜群に面白いことでも知られ、「マクラの小三治」との異名も持つ。全編がマクラの高座もあるとか。

「まくら」http://ppnetwork.seesaa.net/article/421083802.html
「気っ風」http://ppnetwork.seesaa.net/article/473027032.html?1578515555

で触れたことと重なるが、

まくら、

は、その演目に合ったものをするが、基本的には、

演じる落語の演目に関連した話をする、
現代ではほとんど使われなくなった人、物、様子などの解説をする、

2種類が骨格で、それにいろいろまぶす結果、いろいろな話が加えられるらしい。小三治のように、

まくらだけで高座が終わる、

ということもあるが、そこまで行くと、本題に入らなくて(そこで終わらないで)、このまま続けてほしい、と(観客側が)いうほどの、まくら自体が、

エンターテイメント、

になっているからかもしれない。しかし、それは、噺家としての力量が前提で、個人的には、まくらでその力量が見える気がする。

「マクラは、噺の本題とセットになって伝承されてきているものが少なくない」

という。しかし、素人ながら、マクラの果たす役割は、ただ、

現実(この会場のこの時、この場)と噺の世界、

をつなぐ、

回路
というか、
異次元を開くまじない(「開けゴマ」みたいな)、

というだけではない気がする。もちろん、そういう意図があるにはあるが、僕は、いま、噺をしようとしている噺家その人が、その導き手で、その人の口先に乗って、一緒に噺の世界へ入って行くための、

協約関係、
というか、
共同作業関係、
というか、
同盟関係、
というか、

違う言い方をすると、

この(噺の)船頭の船に乗ってついて行っても大丈夫、

という見立ての位置づけにあるのではないか、という気がする。独演会が多いので、初めから、その噺家を目当てに出かける場合、それは不必要に見えるかもしれないが、寄席で、次々と噺家がとっかえひっかえ(失礼、入れ代わり立ち代り)登壇する場面を想定すると、

まくら、

は、ある意味、リアルに噺家の人柄と力量とを見極める手がかりになっているのではないか、という気がする。

「マクラはお客さんが本編に入りやすい状態にほぐす役割を兼ねているのです。このマクラは落語にとって前フリなのです。また、マクラは『話す』のではなく、『振る』といいます。なぜなら、まずはこのマクラでお客さんを『振り向かせる』ということでしょう。」

とある。しかし、当たり前だが、まくらにその噺家の技量と力量と器量が反映している。これも、前にで書いたが、

まくら、

に個性があり、人柄が出る、というよりも、噺そのものに人柄が出るというか、極端に言うと、噺が、

人柄で変る、

という意味では、「まくら」は、その人柄のリトマス試験紙なのかもしれない。しかし、活字で読むのは、「まくら」の内容で、本来、

その場、
その時、
その雰囲気、

を共有するその時その場の観客と共に、聞かなければ、口調も、テンポも、声音もわからない。それでも本書は可笑しい。著者自身が、「あとがき」で、

「たしかに自分で高座でしゃべったものには違いないのだけれど。聞いて下さっているお客さんは興味を持って眼を輝かせたり、わらってくれてはいましたよ。その反応に乗せられてついつい長い枕話になったり、だけどそれは、その時その時空間に消えてしまう私とお客さんとの瞬間瞬間の共有時間であり、お互いのその場限りの楽しい時間、としてのおしゃべりだったのです」

と本人自身が語っている通り、本来活字化されるはずのないものが活字化された。それでも、

「読んでみると自分ながら面白ぇこというヤツだなァコイツァ。と笑っちゃったりして。とてもみっともない」

と書いているほどではあるのだが。

読み通してみて感じたのは、たぶん、その場では、この何十倍もおかしかったであろうことは、たしか、

めりけん留学奮闘記、

を当時NHKで観たときの、捧腹絶倒をよく記憶しているので、想像がつく。

ニューヨークひとりある記、
玉子かけ御飯、
駐車場物語、
ミツバチの話、
熊の胆の話、
小さんにも事務員さんにもなる名前、
笑子の墓、
パソコンはバカだ!!

等々、別に作り話ではなく、

「ここに載ってるのは全部自分が実際に出会ったり感じたことばかり、そのまんま。第一、枕としてしゃべっているということは、『このあとは落語をおしゃべりさせていただきますよ』という前提があっての枕ですから」

とある通り(あとがき)自身の体験を話しているだけだが、なぜが可笑しい。句会の仲間でもある故小沢昭一は、

「ある一つの材料を語るのに、もう根ほり葉ほり、いろんな角度から、しつこくイジル。腰をすえて、ああもこうも、オモシロイことを見つけてこだわっていく。そういうネバッコイ話運び」

が真骨頂と、評する。オーディオ、オートバイ、塩、熊の胆、ハチミツ等々、それがそのまま話になっていく。

ふと、僕は、

お伽衆、

のことを思い出した。御伽衆(おとぎしゅう)は、

「室町時代後期から江戸時代初期にかけて、将軍や大名の側近に侍して相手をする職名である。雑談に応じたり、自己の経験談、書物の講釈などをした人。御迦衆とも書き、御咄衆(おはなししゆう)、相伴衆(そうばんしゅう)などの別称もあるが、江戸時代になると談判衆(だんぱんしゅう)、安西衆(あんざいしゅう)とも呼ばれた。」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E4%BC%BD%E8%A1%86#cite_note-ko-1

咄(はなし)相手を主としたから御咄衆とも言うが、正確には御伽衆の中に御咄衆が含まれる。御伽衆は、語って聞かせる特殊な技術のほか、武辺談や政談の必要から相応の豊富な体験や博学多識、話術の巧みさが要求されたため、昔のことをよく知っている年老いた浪人が起用されることが多かった、ともある(仝上)。

慶長年間(1596年‐1615年)に御伽衆の笑話を編集した『戯言養気集』(ぎげんようきしゆう)には、

「御伽衆の講釈話が庶民に広がって江戸時代以降の講談や落語の源流となったとも言われるので、御伽衆は落語家の祖でもある」

と、まさに、落語の先祖である。豊臣秀吉の御伽衆の一人、

曽呂利新左衛門、

は、実在を疑われているが、

「落語家の始祖とも言われ、ユーモラスな頓知で人を笑わせる数々の逸話を残した。元々、堺で刀の鞘を作っていて、その鞘には刀がそろりと合うのでこの名がついたという(『堺鑑』)。架空の人物と言う説や、実在したが逸話は後世の創作という説がある。また、茶人で落語家の祖とされる安楽庵策伝と同一人物とも言われる。」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BD%E5%91%82%E5%88%A9%E6%96%B0%E5%B7%A6%E8%A1%9B%E9%96%80。こんな逸話がある、とか。

秀吉が、猿に顔が似ている事を嘆くと、「猿の方が殿下を慕って似せたのです」と言って笑わせた。
秀吉から褒美を下される際、何を希望するか尋ねられた新左衛門は、今日は米1粒、翌日には倍の2粒、その翌日には更に倍の4粒と、日ごとに倍の量の米を100日間もらう事を希望した。米粒なら大した事はないと思った秀吉は簡単に承諾したが、日ごとに倍ずつ増やして行くと100日後には膨大な量になる事に途中で気づき、他の褒美に変えてもらった。
御前でおならをして秀吉に笏で叩かれて、とっさに「おならして国二ヶ国を得たりけり頭はりまに尻はびっちう(びっちゅう)」という歌を詠んだ。
ある時、秀吉が望みのものをやろうというと、口を秀吉の耳に寄せた。諸侯は陰口をきかれたかと心落ち着かず、新左衛門に山のような贈物を届けたという。

等々(仝上)。この曽呂利に擬されているのは、落語の祖とされる、

初代曽呂利新左衛門.jpg



安楽庵策伝、

で、安楽庵策伝が京都所司代の板倉重宗に語った話をもとに作られたのが、元和9年(1623年)の、

『醒睡笑』

である。収載された話は約1、000話に及び、

「収載された話は最後に落ち(サゲ)がついており、策伝はこの形式で説教をしていたと考えられている。『醒睡笑』には現在の小咄(短い笑い話)もみられ、また、この本に収載された話を元にして『子ほめ』『牛ほめ』『唐茄子屋政談』『たらちね』など現在でも演じられるはなしが生まれているところから、策伝は『落語の祖』といわれる」

のであるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%BD%E8%AA%9E

もひとつ ま・く・ら.jpg


なにやら、小三治の「まくら」を読むと、軽口・頓智に富み、狂歌の達人として人気者だったという、

曽呂利新左衛門、

のことを思い出す。本書所収の、

めりけん留学奮闘記、
ニューヨークひとりある記、
玉子かけ御飯、
駐車場物語、

は、まさに御伽衆の笑話を思い出させる。

参考文献;
柳家小三治『ま・く・ら』(講談社文庫)
柳家小三治『もひとつま・く・ら』(講談社文庫)
野村雅昭『落語の言語学』(平凡社選書)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:まくら
posted by Toshi at 05:33| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする