2020年02月11日

しのぶ


「しのぶ」は、

偲ぶ、

と当てると、

過ぎ去ったこと、離れている人のことなどをひそかに思い慕う(万葉集「わが妻も絵にかきとらむ暇(いづま)もが旅ゆく我は見つつしのはむ」)、
心惹かれて(みえないところなどに)思いをはせる(「人柄がしのばれる」)、
賞美する(万葉集「あしひきの山下ひかげ髪(かづら)ける上にやさらに梅をしのはむ」)、

といった意味になる(四段活用。広辞苑、岩波古語辞典)。「賞美する」意味は、今日あまり使わない。「しのぶ」は、

忍ぶ、
隠ぶ、

とあてると、

こらえる、我慢する(万葉集「わが背子が抓(つね)みし多手見つつしのびかねつも」)、
秘密にする、かくす(源氏「しのぶるやうこそはと、あながちにも問ひて給はず」)、
(自動詞的に)人目を避ける、かくれる(源氏「惟光の朝臣例のしのぶる通はいつとなくいろひ仕うまつるひとなれば」)

とある(上二段活用。仝上)。例によって、「しのぶ」を漢字で当て分けて、意味を使い分けているかと思ったが、

偲ぶ、

は、上の用例からもわかるように、

奈良時代はシノフと清音、

とあり(仝上)、「しのぶ」と「しのふ」は別の言葉であった。しかし、「忍ぶ」は、

意味の類似から、平安時代以後、四段活用の偲ぶと混同、

し、

こらえる、我慢する(平中物語「こと局に人あまた見ゆるを、えしのばで言ひやる」「不便を忍ぶ」)、
表立たないようにする、人目を避ける(拾遺「しのばむにしのばれぬべき恋ならばつらきにつけてやみもしなまし」)、

とある(広辞苑)。大辞林には、

「本来は四段活用の『しのふ(偲)』で、上二段活用の『しのぶ(忍)』とは全くの別語であったが、亡き人・別れた人のことを静かに思い浮かべることと、そのつらさをじっとこらえる(忍ぶ)こととが相通じ、また語形も平安時代にはともに『しのぶ』となったために、両語は交錯し、いずれも四段(五段)と上二段の両方の活用をするようになった」

ともある。「忍ぶ」と「偲ぶ」は別語であったものが、まじりあったのである。音韻的にも、「しのび」(忍)の「の」は、上代特殊仮名遣の、

nö、

であり、「しのふ」(偲)の「の」は、

no、

であり(岩波古語辞典)、別語である。

漢字「忍」(漢音ニナ、呉音ジン)は、

「会意兼形声。刃(ニン、ジン)は、刀のはのあるほうを、ヽ印で示した指事文字で、粘り強く鍛えた刀のは、忍は『心+音符刃』で、粘り強くこらえる心」

とある(漢字源)「忍耐」「堅忍不抜」のように、「つらいことをしのぶ」意であるが、わが国のように「人目を忍ぶ」という、

人目を避ける、
人に目立たないように物事をする、

という意はなく、ましてや、忍者の意の、

しのび、

の意はない。「偲」(漢音し、呉音サイ)は、

「会意兼形声。『人+音符思(こまやか)』」

で、「切々偲々」というように、「うまずやすまず努力する」意や、「其人美且偲」のように「思慮が行き届いている」意であるが、わが国のように、「人を思慕する」意はない。

大言海は、「忍ぶ」は、

しぬぶの転、

とする。そして、「偲ぶ」は、

思ぶ、

とも当て、

しぬぶの転、

とし、

心に忍びて、忘れぬ意、

とする。さらに、この「しぬぶ」に、

愛ぶ、

と当て、愛でる意とし、

しぬぶ(偲)と通ず、

とする。さらに、「しのぶ(忍)」に、

隠ぶ、

と当て、

忍びてあらわざる意、

とする。「しのぶ(偲)」が「シノフ」から濁音化した後、「しのぶ(忍)」とほぼ重なっていく流れは、これでよくわかるが、両者の語源ははっきりしない。

「偲ぶ」は、

誄(しのびごと)、

に淵源するのではないか。「しのびごと」は、

しのひこと、

とも言い、

日本古代以来、貴人の死を哀悼し、生前の功績・徳行をたたえ、追憶する弔辞。誄詞(るいじ)とも呼ばれる。大王(天皇)には殯宮で奏され、功臣の棺前にも賜ったものである、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%84

「『偲ふ(偲ぶ)』は『忍ぶ』とは別の語であり、『賞美する』・『おもひ慕う・懐かしむ』という意味で、『しのひこと』とは、寿詞(よごと)に通じるものであった。」

ともある(仝上)。日本書紀に、

「天皇、病(みやまひ)弥留(おも)りて、大殿に崩(かむあが)りましぬ。是の時に、殯宮(もがりのみや)を広瀬(ひろせ、大和国広瀬郡、現在の北葛城郡広陵町付近)に起(た)つ。馬子宿禰大臣(うまこのすくねのおほおみ)、刀(たち)を佩きて誄(しのびこと)たてまつる」

とある(仝上)。「偲ぶ」の含意は、ここからきているとみていい。大言海は、「誄」を、

思事(しのびごと)の義。多くは、貴人の死に、せしるが如し、

とする。思いを遣ることである。ちなみに、寿詞(よごと)とは、

「賀詞とも書く。祝賀の意を述べる朗読文。祝詞 (のりと) と同じく言霊信仰から発するが,祝詞と異なり,臣下から天皇に奏上し,天皇の長寿と治世の繁栄を祝福する善言,吉言と解される。また各民族の祖の王権への従属の伝承が語られることがあるので,単なる祝言ではなく,従属の誓詞としての性格をも含んでいる。」

とある(ブリタニカ国際大百科事典)。

他方、「忍ぶ」の語源は、

しのぶれど色に出でにけりわが恋(こひ)はものや思ふと人の問ふまで(拾遺集・平兼盛)

のそれだが、日本語源大辞典は、「忍ぶ」は、

気持ちを抑える、痛切な感情を表さないようにする、
動作を目立たないようにする、

が「忍ぶ」の本来の意味で、

我慢する、忍耐する、

は、漢字「忍」を当てたせいで、

「感情をおさえてじっとこらえるところからの転義ともかんがえられるが、外部からの働きかけに耐える意味は、和語『しのぶ』には本来なかった。『しのぶ』が漢字『忍』の訓として定着したことで、漢語『忍』の意味が和語『しのぶ』の意味に浸透していき、次第に我慢という意味が色濃くなっていったと考えられる」

という。是非を判断はできないが、活用が、四段に転じたのとつながるのかもしれない。

この「忍ぶ」の語源もはっきりしない。

息を殺して音のしないようにする動作をいうところから、シノム(息呑)の義(言元梯・日本語原学=林甕臣)、
石の内にある火のように心を外にあらわさないことをいうところから、シノヒはイシノヒ(石火)の略(和訓栞)、
シは柔軟の義。力を受けてこれを支えることをいう。ひそかに匿す意の古語シナムに通じる(国語の語根とその分類=大島正健)、
抵抗の義のシナフのシナと同源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
シノグ(凌)の転(柴門和語類集)、
シノギオヨプ(凌及)の略(雅言考)、
外にあらわさず、シタ(内)にする意から(日本語源=賀茂百樹)、

等々、語源説は諸説あるが、ひねくり廻さないものとして、

シナム、

が面白い。

匿む、

と当て、

包み隠す、

意であり、

隠(しす)ばするの意、

とある(大言海)。

隠すの古語、

とあり(仝上)、

しなぶ、

ともいう、とある。「忍ぶ」に近い言葉に思えるが、確言はしがたい。

ところで、

陸奥(みちのく)のしのぶもぢずり誰(たれ)ゆゑに 乱れそめにしわれならなくに(古今集・河原左大臣)

にある、「しのぶもじずり」(忍捩摺)とは、

忍摺(しのぶずり)の模様が乱れているからとも、捩れ乱れた模様のある石に布をあてて摺ったからともいう、

とあり(岩波古語辞典)、

しのぶずり、

に同じとある。「しのぶずり」(忍摺)とは、

忍草の葉・茎を布に擦り付けて、捩れたような模様をつけたものをいう、

とある(仝上)。

模様の乱れた形状から、しのぶもじずりともいう、

ともある(精選版日本国語大辞典)。「忍草」とは、

しのぶ(忍)、

であり、

「堪え忍ぶ」性質が強いためと言われる、

といわれるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8E%E3%83%96

古くから栽培された。特に棕櫚皮などを丸く固めたものにシノブを這わせ、紐で吊るせるようにしたものをシノブ玉と呼び、軒下などに吊り下げて鑑賞した(つりしのぶまたは釣りしのぶ。夏の季語)、

とある(仝上)。

「行くさきの忍ひ草にもなるやとて露のかたみにおかんとぞ思ふ」(歌仙家集本元輔集)、
「わがやどのしのぶぐさおふるいたまあらみふるはるさめのもりやしぬらん」(古今集・紀貫之」

等々、歌が多いが、

偲種、

と当て、

思い慕う原因となるもの、心ひかれる思いのたね、

の意となり、ここでは、

忍ぶ、

は、ほとんど、

偲ぶ、

と同義で使われている。

シノブ.jpg



参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:25| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする