2020年05月03日

瓢箪から駒


「瓢箪から駒」とは、

瓢箪から駒が出る、

とも言い、

意外なところから意外なものが現れることのたとえ、

として言われる。

ふざけ半分の事柄が事実として実現してしまうことなどにいう、

とある(広辞苑)。そこから広く、

瓢箪から駒も出でず、

という言い方で、

道理の上から、あるはずのないことのたとえ、

としても(仝上)、たとえば、

山の芋鰻にならず、ひゃうたんからこまのとびでぬ世の中に、

と使われる。

在来馬.jpg


「瓢箪」については「瓢箪鯰」http://ppnetwork.seesaa.net/article/470301434.htmlで触れた。

「駒」は、

馬の子、小さい馬、

の意で。和名抄に、

駒、和名、古馬、馬子也、

とある。それが転じて、

馬、特に乗用の馬、

の意となる。

馬と同義になってからは、歌語として使われることが多い、

とある(広辞苑)。たとえば、

足(あ)の音せずゆかむこまもが葛飾の、真間(まま)の継橋(つぎはし)、やまず通(かよ)はむ(万葉集)、

というように。更に、転じて、「駒」は、

双六に用いる具、象牙・水牛角で円形に造り盤上に運行させる、

から、

将棋のコマ、

の意になり、そのメタファでか、

駒をそろえる、

というように、

自分の手中にあって、意志のままに動かせる人や物、

の意で使い、さらに、

三味線などの弦楽器で、弦を支え、その振動を胴に伝えるために、弦と胴の間に挟むもの、

の意となり、

駒をかう、

というように、

物の間にさし入れる小さな木片、

をも指すようになる。

「駒」(ク)は、

会意兼形声。「馬+音符句(小さく曲がる、ちいさくまとまる)」

で、

身体の小さな馬、二歳馬、

を意味する。

駒馬、

という言い方がある。だから、馬の総称以降の、将棋の駒等々の意味は、わが国だけの使い方である(漢字源・字源)が、

漢語に棋馬(キバ)、馬子(バシ)と云ふに因る、

とある(大言海)。ただ、「棋」(漢音キ、呉音ゴ・ギ)は、

棊、

とも書き、将棋のこま、の意もあるが、「碁石」の意味もある。

棊局、
棊子、
棊敵、
棊盤、

等々、何れも「碁」を指す。また、三味線などの弦を支えるのに、

駒、

というのは、

弦の乗るもの、

というところから来た(大言海)、と見られる。

将棋の駒.jpg


和語「こま」は、で、

コウマ(子馬)の約、

という語源説が出る(岩波古語辞典・日本語の語源・大言海)。

大言海は、「小馬(コマ)」は、

古名に、いばふみみのもの、応神天皇の御代に、百済國より大馬(おほま、約めてうま)の渡り氏しに対して、小馬と呼び、旧名は滅びたりとおぼし、神代紀の駒(コマ)、古事記の御馬(ミマ)の旁訓は、追記なり、

とし、

我が国、神代よりありし、一種の体格、矮小なる馬、果下馬(クワカバ)とも云う、

とする。「果下馬(クワカバ)」とは、いわゆる、

ポニー、

のことで、

朝鮮の済州島にて、カカバと云う、イバフミミノモノ、また小馬、

とする(大言海)。つまり、「こま」とは、

子馬、

であって、

小馬、

ではない、ということを強調している。なぜなら、「こま」の語源には、

「小+馬」の音韻変化、

とする説(日本語源広辞典)もあるからである。ただ、「高麗」と関わらせる説、

貢馬のうちで最もはすぐれていたコマ(高麗)渡りの馬を称していたのが一般化したもの(宮廷儀礼の民俗学的考察=折口信夫)、

は、「駒」の「こ」が上代特殊仮名遣いで甲類であるのに対して、「高麗」の「こ」は乙類であるので、誤りとされる(日本語源大辞典)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 03:55| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする