2020年05月05日

テーマとしての「性」


大岡昇平他編『性の追求(全集現代文学の発見第9巻)』を読む。

性の追求.jpg

現代文学の発見、

と題された全16巻の一冊としてまとめられたものだ。この全集は過去の文学作品を発掘・位置づけ直し、テーマごとに作品を配置するという意欲的なアンソロジーになっている。本書は、

性の追求、

と題された巻である。収録されているのは、

谷崎潤一郎「卍」
坂口安吾「私は海を抱きしめている」
室生犀星「遠めがねの春」
大江健三郎「鳩」
吉行淳之介「砂の上の植物群」
野坂昭如「エロ事師たち」
吉岡実「僧侶(抄)」
春日井健「未成年(抄)」
稲垣足穂「A感覚とV感覚」

である。

ここで、

性、

と言っているのは、解説の澁澤龍彦の言うように、

セクシュアリティ、

ではなく、

エロティシズム、

を指す。

「前者はいわば生物学的な概念、そして後者は多くの場合、心理学的な概念」

であり、

「心理学的な概念であるからこそ、エロティシズムは根文学をふくめた芸術一般の表現の問題と直接結びつくことが可能」

なのである。ちょっと変な言い方だが、

セクシュアリティ、

は、所詮状態表現に過ぎないが、

エロティシズム、

は、価値表現に関わる、と言い変えてもいい。だから、

「セックスはあくまで主題としてのみ文学に係わるのであって、エロティシズムのように、表現に伴って自然に発露してくるようなものではない、ということである。作家主体の側に、セックスが人間存在のなかで持っている意味を探ろうという、意識的な姿勢がなければ、ついにセックスは文学上の問題とはなりえない」

のである(澁澤龍彦「日本文学における『性の追求』」)。

しかし、ここに並ぶ作品は、発表当時、大変話題にもなり、評価の高かったものが多い。たとえば、

谷崎潤一郎「卍」
室生犀星「遠めがねの春」
吉行淳之介「砂の上の植物群」
野坂昭如「エロ事師たち」

しかし、今日、その主題においても、表現スタイルにおいても、いささか古めかしく感じてしまうのは、「性」に関して、時代がはるか先へ行ってしまっているからなのかもしれない。例は悪いが、大島渚の晩年の「性」を主題とする作品群、「戦場のメリークリスマス」はともかく、

愛のコリーダ、
愛の亡霊、
マックス、モン・アムール、
御法度、

が時代に追い抜かれてしまっていたことと似たことを感じる。もちろん、発売当時と今との半世紀近い時間差故だが、今日、このテーマは、その主題だけで、時代と拮抗するすることは難しい、と僕は思う。その意味で、当時新鮮だった、野坂の語り口も、今や陳腐化しているように、文体や、語りの構造だけではカバーしきれないものがある気がする。

その意味で、散文の陳腐化に比べ、詩や歌のもつ抽象度は、時代の中で、なお屹立しているのに驚く。春日井の、

大空の斬首ののちの静もりが没ちし日輪がのこすむらさき

学友のかたれる恋はみな淡し遠く春雷の鳴る空の下

童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

若き手を大地につきて喘ぐとき弑逆の暗き眼は育ちたり

澄む眼して君も雑踏を歩みゐむ泉水をめぐり別れしふたり

海鳴りのごとく愛すと書きしかばこころに描く怒涛は赤き

略奪婚を足首あつく恋ふ夜の寝棺に臥せるごときひとり寝

髪きつく毟るばかりにさみしくて青銅時代はながし

武骨なる男の斧にひきさかれ生木は琥珀の樹液を噴けり

夕映えの街を暴走する車愛語に倦みし気流を裂けり

等々。散文で書くと、ちょっとドン引きしそうなことが、韻律の中で、かえって凛として立つ感じがある。ある意味韻律の中に紛れることで、辛うじて、陳腐化を免れ、半世紀を経ても、まだ読むに堪える。

本巻の中で圧倒的な存在感を示すのは、

吉岡実「僧侶(抄)」

だ。戦後詩の中でも、屹立する「僧侶」だが、現実から切り離され、まさに、自立した、

言語空間、

に立つ世界は、それ自体が、永遠の生を持つように、今なお、リアルに問い続けて、今日の現実とも対峙し続けているように見える。それは、何かのアナロジーや象徴であることを拒絶するように、一つの世界像を示し続けているように見える、「四人の僧侶」は、

四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自瀆
一人は女に殺される

で始まり、最後は、

四人の僧侶
固い胸当のとりでを出る
生涯収穫がないので
世界より一段高い所で
首をつり共に嗤う
されば
四人の骨は冬の木の太さのまま
縄のきれる時代まで死んでいる

で終わる。浅薄な解釈を峻拒するように立ち尽くしている。

参考文献;
大岡昇平他編『性の追求(全集現代文学の発見第9巻)』(學藝書林)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:35| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする