2020年06月16日

有平糖


「有平糖」は、

アルヘイトウ、

とも、

アリヘイトウ、

と訓ます。

阿留平糖、
金花糖、
氷糸糖、
窩糸糖、

とも呼ばれるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E5%B9%B3%E7%B3%96。略して、

アルヘイ、
アリヘイ、

とも言う(広辞苑)。

ありへいとう.jpg


「アルヘイ」は、

ポルトガル語alfeloa(砂糖菓子の意)、

で、

砂糖に水飴(みずあめ)を加えて煮詰め、冷やして引き伸ばしたり彩色したりした菓子、

で、棒状のもののほか、花・果物の形に細工して飾り菓子にする(デジタル大辞泉)。「アルヘイ糖」が、「重語」(大言海)、というのはその通りである。「有平糖」と一緒に入った「金平糖」は、

ポルトガル語のコンフェイトconfeitoの転訛(てんか)といわれる。ケシ粒を心にして砂糖液をかけてかわかし(古くはゴマを使用),加熱しさらに糖液をかけて作る。心に吸収された糖分が加熱によって吹き出すので周囲にとがった角ができ,その形が不思議がられて珍重された、

ものである(百科事典マイペディア)。「金平糖」「有平糖」ともに、安土桃山時代にポルトガルより伝わった南蛮菓子である。天文十八年(1549)、鹿児島に上陸した、フランシスコ・ザヴィエルが、持ち込んだ中に、

カスティラ、
ボウル、
カルメイル、
アルヘイトウ

等々があった、とされる(たべもの語源辞典)。その後、寛永十五年(1638)の『日野資勝卿記』に、「あるへいとう」の記述があるので、鹿児島上陸の七、八十年後には京都で食べられていた、ということになる(仝上)。元禄十三年(1700)に、日光輪王寺門跡弁法親王が柳沢吉保に招待の御礼に「あるへいとう」を贈っている(仝上)、とあるが、まだこの時期は、「あるへいとう」は珍しいものであった。

「干菓子」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474341312.htmlで触れたように、本朝世事談綺(江戸中期、1733年)に、

白雪糕(はくせっこう)で製するもので、中古は、アルヘイ糖、コンペイ糖の類をいった、

とあり(たべもの語源辞典)、「干菓子」とみなしていたらしい。

「白雪糕」とは、「落雁」http://ppnetwork.seesaa.net/article/472919321.htmlで触れたが、

精白した粳米(うるちまい)粉と糯米(もちごめ)粉を等分にあわせ、これに白砂糖と少量の水を加えて十分にもみ、木箱にふるい落として、ならしてから軽く押して3、4時間置いたのち、取り出して短冊(たんざく)形あるいは算木形に切る。本来はハスの実の粉末を入れた、

とあり(日本大百科全書)、

落雁の一種、

とある。どうもこれと同じ原料だと、本朝世事談綺はみなしており、

金平糖、
有平糖、

を干菓子とみていたらしい。砂糖を使った菓子が作られるようになるのは、宝暦(1751~64)以後からのことで、

「有平糖」は、

初期の頃は、クルミのように筋がつけられた丸い形をしていたが、徐々に細工が細かくなり、文化・文政期(1804~1830年)には有平細工(アルヘイ細工)として最盛期を迎えた。棒状や板状にのばしたり、空気を入れてふくらませたり、型に流し込んだり、といった洋菓子の飴細工にも共通した技法が用いられる。江戸時代、上野にあった菓商、金沢丹後の店の有平細工は、飴細工による花の見事さに蝶が本物の花と間違えるほどとされた、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E5%B9%B3%E7%B3%96。また、

有平糖は茶道の菓子として用いられることが多く、季節ごとに彩色をほどこし、細工をこらしたものが見られる。縁日などで行われている即興的な飴細工とは異なるものである、

とあり、技巧が進化し高価なものとなってしまった有平糖を、見た目よりも味を重視して廉価にしたものとして、

榮太樓本店の「梅ぼ志飴」、
村岡総本舗の「あるへいと」、

などがある(仝上)、ともある。江戸末期の守貞謾稿には、

アルヘイは、専ら、種々の形を手造りにするもの多し、然るに、近年、京阪にて、鎔形にするものあり、白砂糖を練り、鎔形を以て焼き而後に、筆刷毛等にて彩を施し、濃鮒、独活、蓮根等を製す、眞物の如し、號けて金花糖と云ふ、嘉永に至り、江戸にも傳へ製す、

とある(大言海)。

ようやく、元禄から三十年くらいたって、一般の人々の口に入るようになる。吉宗の時代、

まづいもの好きなをかしに公方さまあるへい捨てて松風にする、

という狂歌がある。「松風」http://ppnetwork.seesaa.net/article/473581577.htmlは、表にケシなどを振った菓子。裏には何もつけないので、「浦さびし」の意から名づけた。

松風というたべものは、表にケシの実をふるとか、にぎやかに化粧してあるが、裏には何も細工をしない。裏が淋しいを浦さびしとして、浦とは、海岸・海辺であるから、浦さびしき風情を考えると、松があってそこに風が吹いて、音を立てる。浦のさびしさは、松風によるものと思えば、松風とよんだのは天晴れである、

とたべもの語源辞典は評していた。「あるへいとう」がうまいものとして既に親しまれていたことがわかる(仝上)。

享保三年(1718)の『古今名物御前菓子秘伝抄』に、その製法を、

上々氷砂糖一返(いっぺん)洗ひ捨て、砂糖一斤に水一、二升入れ、砂糖の溶け申す程煎じ、絹にてこし、其後煎じつめ、匙にて少しすくひ、水に冷し、うすく伸ばしぱりぱりと折れ申す時、平銅鍋に胡桃の油を塗り、その中へうつし、鍋こしに水に冷し、手につき申さぬ程にさまし、その後成る程引伸ばし候へば白くなり申候を小さく切り、いろいろに作るなり、

と記されている(日本大百科全書)が、『和漢三才図会(1715)』には、

円形で胡桃のような筋のある菓子、

と説明され、単純な形状であった。いろいろに細工され、紅白黄緑に彩色されて妍(けん)を競うようになるのは、文化・文政年間(1804~1830)以降である(仝上)。

因みに、有平糖と飴の違いは、

材料中の砂糖と水飴の比率、

で、

砂糖の結晶化を抑制する効果や保湿効果があり、滑らかな口当たりが有ることから、現在市販されている飴の多くは、水飴を主原料としたものが多いのに対して、有平糖は砂糖の結晶化を防止し飴細工に必要となる、粘土を確保するだけの量しか水飴を使用しません。有平糖の主原料はあくまでも砂糖となっている部分が、一般的な飴と有平糖の違いだと言われています、

ということだとかhttps://i-k-i.jp/16122

有平糖(梅の花).jpg


参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 03:29| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする