2020年07月04日

寒天


「寒天(かんてん)」とは、

寒空(さむぞら)、

の意であり(字源)、

寒い日の空、
冬の空、

の意である(広辞苑)。「寒天」を、

テングサの粘質物を凍結・乾燥としたもの、

の意で使うのは、わが国だけである。それは、

黄檗山萬福寺を開創した隠元禅師が「寒空」や「冬の空」を意味する漢語「寒天」に「寒晒心天太(かんざらしところてん)の意味を込めて命名した、

ことに由来するらしい(語源由来辞典)。つまり、「寒天」とは、

心太(ところてん)を寒夜に晒して、凝り乾きて、甚だ軽くなりたるもの、

に、そう名付けたからである、というわけである。

棒寒天.jpg

(棒寒天 https://www.kantenhonpo.co.jp/より)

「寒天」は、偶然の産物らしい。

江戸時代前期、山城国紀伊郡伏見御駕籠町において旅館「美濃屋」の主人・美濃太郎左衛門が、島津大隅守が滞在した折に戸外へ捨てたトコロテンが凍結し、日中に融けたあと日を経て乾物状になったものを発見した。試しに溶解してみたところ、従来のトコロテンよりも美しく海藻臭さもなかった、

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%92%E5%A4%A9。これを隠元禅師に試食してもらったところ、精進料理の食材として活用できると奨励され、その際に隠元によって寒天と命名されたという(仝上)のである。

この伝承は複数の書物に見られるが、具体的な時期は諸説ありはっきりしないらしい。むしろ、

江戸初期の金森宗和の『宗和献立』に「こごりところてん」、
虎屋の慶安四年(1651)の記録に「氷ところてん」、

という記述があることから、起源はかなり古い。島津の参勤交代云々の記述(『島津国史』の、明暦三年(1657)と推測されている)よりは古いと思われる。この伝承は、些か眉唾ではあるまいか。

当初は水で洗ってそのまま食することが多かったと考えられ、寛文十一年(1671)刊の『料理献立集』に、

寒天を使用した精進刺身、

が載っている、とある。菓子材料としては、宝永四年(1707)の『御菓子之畫図』に、

寒天を使用した棹菓、

がみられる、とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%92%E5%A4%A9

その後、摂津国島上郡原村字城山の宮田半兵衛が製法を改良して寒天製造を広める、寛政十年(1798)には寒暖差の大きい島上郡・島下郡・能勢郡の18ヶ村による北摂三郡寒天株仲間が結成され、農閑期の余業として寒天製造が行われ、寒天製造は天保元年(1830)頃に隣接する丹波国へも伝播し、丹波国へ行商に来ていた信濃国諏訪郡穴山村の行商人・小林粂左衛門が天保十二、十三年(1841~1842)頃に諏訪地方へ寒天製造を広め、角寒天として定着した、

とある(仝上)。

「ところてん」http://ppnetwork.seesaa.net/article/464090310.htmlで触れたように、

海草を煮たスープを放置したところ偶然にできた産物と考えられ、かなりの歴史があると思われる、

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%A6%E3%82%93

ところてんの原料である天草(テンクサ)が煮るとドロドロに溶け、さめて煮こごる藻であるところから、こごる藻葉(コゴルモハ)と呼ばれhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213754542,さらに、「凝海藻(こるもは)」といい、「こごろも」ともいい、……こごろもをココロブトと訛って、俗に心太の二字を用いた。室町時代にはココロブトを訛ってココロティ、それがさらに訛ってココロテン、江戸時代にはさらに訛って、トコロテンとなった(たべもの語源辞典)。

ココロブトがココロテンになるのだが、「太」と「天」を書き間違えたか、見違えたかであろう。そしてココロテンが訛ってトコロテンになる。だから「心太」と書いて、トコロテンとよんでいる(仝上)、

と、

コゴルモハ→コルモハ→コゴロモ→ココロブト→ココロフト→心太→ココロティ→ココロテン→トコロテン,

転化してきた。「こるもは」というのは,

『十巻本和名抄-九』に,『大凝菜 楊氏漢語抄云大凝菜(古々呂布度)本朝式云凝海藻(古流藻毛波 俗用心太読与大凝菜同)』とあるように凝海藻で作った食品を平安時代にはコルモハといい,俗に心太の字をあてて,ココロフトと称していたのである。この『凝海藻』の文字は古くは大宝令の賦役令にあらわれる、

とある(日本語源大辞典)。「トコロテン」がそれほど古くからあるのに、その寒晒しの「寒天」が、江戸時代というのは解せない。

むしろ、

寒晒しのところてんの寒と天とをとって、カンテンとよんだ(たべもの語源辞典)、
寒晒心太の中略(大言海)、

という、シンプルな説に軍配を上げる。しかし、「ところてん」の、

「テングサを煮溶かす製法は遣唐使が持ち帰った」

とされるhttp://gogen-allguide.com/to/tokoroten.htmlように、中国由来かもしれないが、少なくとも、「寒天」は、

日本で初めて発明された食品、

であるhttps://www.kanten.or.jp/appeal/rekishi.htmlことは間違いない。

寒晒心太、

という名称は、寒のとき晒したものが品質最高ということから、

寒晒、

を付ける(たべもの語源辞典)、という。

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:寒天
posted by Toshi at 04:01| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする