2020年07月29日

七福神


「七福神」は、一般的には、

恵比寿、
大黒天、
福禄寿、
毘沙門天、
布袋、
寿老人、
弁財天、

の七柱の、

福の神、

つまり、

福をもたらす神、

とされている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E7%A6%8F%E7%A5%9E、大言海他)。

歌川国芳(1798–1861)の浮世絵の七福神。.jpg

(歌川国芳(1798~1861)の七福神 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E7%A6%8F%E7%A5%9Eより)

大黒柱http://ppnetwork.seesaa.net/article/473430530.htmlで触れたことがあるが、ヒンドゥー教の神である大黒を台所の神として祀ることは最澄が比叡山で始め、歴史的な経緯はよくわかっていないが、平安時代以降、京都の鞍馬の毘沙門信仰からはじまった毘沙門天を恵比寿・大黒に加え、三神として信仰されることが起こり、平安末期〜鎌倉初期の頃、近江の竹生島の弁天信仰が盛んになると毘沙門天ではなく「恵比寿・大黒・弁才天」とするケースも増えた。室町時代、仏教の布袋、道教の福禄寿・寿老人なども中国から入ってきてそれぞれに知られるようになり、それらをまとめて七柱の神仏のセットができたのは室町時代末頃、近畿地方から始まったものである、とされる(仝上)。東山文化の時代、中国の文化に影響され、『竹林七賢図』に見立てて七福神としたのではないか、とされる(仝上)。

七福神のメンバーが確定したのは江戸時代といわれ、

寿老人の代わりに吉祥天・お多福・福助・稲荷神・猩猩・虚空蔵菩薩[が入れられる、

とか、宇賀神・達磨・ひょっとこ・楊貴妃・鍾馗・不動明王・愛染明王・白髭明神が七福神の一人に数えられたりと、入れ替わりがあったらしい(仝上)。中国には、

八仙(八福神)、

があり、実在の人物(仙人)とされているが、これが七福神の元型ではないかという説もある(仝上)。

七福神の「七」は、仁王般若経にある、

七難即滅(しちなんそくめつ)、七福即生(しちふくそくしょう)、

に基づく聖数七に由来する(日本伝奇伝説大辞典)とされているらしい。法華経では、

火難、水難、羅刹(らせつ)難、王難、鬼難、枷鎖(かさ)難、怨賊難、

の七難、仁王般若経では

日月失度難・二十八宿失度難・大火難・大水難・大風難・亢陽(こうよう)難・賊難の、

の七難を消滅すれば、七福が生ずるという信仰である、とされる(仝上)。

しかし、それにしても、

七変化、
七化、
七光、
七難、
七星、
七生、
七転八起、
七宝、
七珍、
七草、

等々、七を付ける言葉は結構ある。なぜ「七」なのだろう。八福神でもいいはずだ。「八」は、末広がりで縁起がいい数字という含意もある。

「七」についての説明に、

10は全部
9はほぼ全部
8は無限とほぼ同じような意味に使われていますが、その一歩手前ということで、多いと言う意味で使われます、

との説明がいくつかあるhttps://oshiete.goo.ne.jp/qa/1798289.htmlhttps://okwave.jp/qa/q1798289.html。七福神もそうだとして、

七不思議、

というように、代表的なものを「七」挙げるという使い方もあるので、必ずしも、

多い、

という含意で使われているとは思えない。ある意味、「七」の列挙で、

凡てを尽くしている、

という含意ではないか。それに、五節句の、

人日(1月7日)
上巳(3月3日)
端午(5月5日)
七夕(7月7日)
重陽(9月9日)

のなかでも、重陽は、漢代には、陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となった、とされるほどで、「九」も、

九仞、
九死、

というように、あと一歩という含意でも使われるが、

九曲、
九死、
九折、

等々、

数が多い、

の意で使われている。「九」(漢音キュウ、呉音ク)の字は、

象形。手をまげて引き締める姿を描いたもので、つかえて曲がる意を示す。転じて、一から九までの基数のうち、最後の引き締めにあたる九の数、また指折り数えて、両手で指を全部引き締めようとするとき出てくる九の数を示す。究(奥深く行き詰まって曲がる最後のところ)の音符となる、

とある(漢字源)。「七」(漢音シチ、呉音シツ)は、

指事。縦線を横線で切り止め、端を切り捨てるさまを示す。また、分配するとき、三と四になって、端数を切り捨てねばならないことから、中途半端な印象をもつ數を意味する、

とあり(仝上)、特に、

數が多い、

という意味ではなく、むしろ中途半端な含意の方が強い。

「七」の説明の中で、

中国,文体の一種。押韻した文で,全体が8段から成り,そのうち7つの問答を含むのでこの名がある。内容は人の重んずべき道を説くのを目的としたものが多い。『楚辞』の『七諫』をその源流とし,題名もこれにならってすべて「七」の字で始る2字から成る。前漢の枚乗 (ばいじょう) の『七発』,六朝時代魏の曹植の『七啓』,晋の張協の『七命』などが有名、

とある(ブリタニカ国際大百科事典)のが唯一だが、これは、「七」の謂れがあって、「七諫」「七命」等々と、「七」でつくしている含意が出てくるので、なぜ「七」の説明にはなっていない。

ここからは、憶説になるが、易経の「八卦」と関わるのではないか、と思う。

昔者聖人の易を作るや、まさにもって性命の理に順わんとす。ここをもって天の道を立つ、曰く陰と陽と。地の道を立つ、曰く剛と柔と。人の道を立つ。曰く仁と義と。三才を兼ねてこれを両にす、

易に太極あり、これ(陰陽の)両儀を生ず、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず、

とある。

天地人、



四象、

つまり、

老陽、
少陽、
老陰、
少陰、

と。八卦のもとは、老陽、少陽、老陰、少陰の四象であり、四象のもとは、陰陽の両儀であり、そして陰陽を統べるものとしての、

太極、

を挙げる。易は、

陰陽二爻を重ねること三にして、乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤の八卦をなす。これを自然に当てはめれば、

天・沢・水・雷・風・水・山・地、

となる。つまり、

太極、陰陽、老陽、少陽、老陰、少陰の四象、

の七つで、世界を表現している。ここに、「七」の意味の背景があるのではないか。多く、という意味よりは、それで、すべてを尽くす、という含意である。ま、憶説ですが。。。

参考文献;
高田真治・後藤基巳訳注『易経』(岩波文庫)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:02| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする