2020年08月08日

かぼちゃ


「かぼちゃ」は、

南瓜、

と当てるが、この「南瓜」表記は漢名からきている。「かぼちゃ」は、他に、

唐茄子(とうなす)、
南京(なんきん)、
ぼうぶら(ボーボラ)、

等々の異名もある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%9C%E3%83%81%E3%83%A3、語源由来辞典他)、ウリ科カボチャ属に属する果菜の総称原産は南北アメリカ大陸、だが、現在、

チリメン・キクザ(菊座)等々の日本カボチャ、
クリカボチャなどの西洋カボチャ、
ソウメンカボチャなどのペポカボチャ、

の三系統がある、とされる(広辞苑)が、栽培されているのは、

ニホンパイカボチャ(Cucurbita moschata)、クロダネカボチャ、セイヨウカボチャ、ニホンカボチャ、ペポカボチャ、

の五種とするものもあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%9C%E3%83%81%E3%83%A3

大和在来野菜「小菊南瓜」.jpg


「かぼちゃ」の語源は、

「カンボジア」を意味するCamboja(カンボジャ)の転訛(仝上)、
16世紀頃カンボジアから伝来したから、カンボジアの転訛(広辞苑、日本語源広辞典)、
天文年間(1532~55)ポルトガル人がカンボジアの産物として日本に伝え、当初「カボチャ瓜」と呼ばれ、「瓜」が落ちた(語源由来辞典)、
初め、Cambodia(漢名 柬埔寨)より來る、葡萄牙人の寄航地なりき、此瓜、内地にては、永禄の頃植え始め、天正の頃より食ひ始めたりと云ふ(大言海)、
インドシナのCambodiaより渡来したから、カボチャボーブラの略(江戸語大辞典)、

等々とする説が多い。ただ、

Camboja(カンボジャ)の転訛、

については、

“ポルトガル語 Cambodia abóbora に由来する”といった説が少なくともネット上においては相当広まっているが、この表現はポルトガル語としては何重にもおかしく、何かの勘違いが事故的に広まってしまったものと思われる。「カンボジアの瓜」をポルトガル語で言うなら、abóbora de Camboja / abóbora da Camboja か、もしくは abóbora cambojana であろう、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%9C%E3%83%81%E3%83%A3、少なくとも、地名由来なら、

Cambodia(漢名 柬埔寨)、

だろう、と。

西洋カボチャ.jpg

(セイヨウカボチャ https://life.ja-group.jp/food/shun/detail?id=25より)

「かぼちゃ」が、

南京(中国の南京に寄港したから)、
ボウブラ(ポルトガル語でウリ科の植物「abobora」が由来)、
唐茄子(南蛮渡来の瓜を意味している)、

等々、その異名は、伝来の経路もあるが、

品種によってはじめ呼び分けられてきた、

ことがあるhttps://www.olive-hitomawashi.com/column/2017/08/post-412.html。たとえば、

日本かぼちゃは伝来の歴史においても二つのグループに分かれていたとされており、ひとつは「ボウブラ」、もうひとつは「南京かぼちゃ」と呼ばれていたといわれている。ボウブラは、ウリ科の植物を意味するポルトガル語「abobora」に語源をもつ系統である。また、中国から伝来したかぼちゃは、中国の南京の港から持ち込まれるかぼちゃ、という意味で「南京かぼちゃ」「南瓜(ナンキン)」と呼ばれてきたようだ。中国でも、かぼちゃは「南瓜」と呼ばれ、「南蛮渡来の瓜」を意味しているといわれている。唐の国からやってきた茄子という意味から「唐茄子(トウナス)」という別名で呼ばれることもある。

とある(仝上)が、江戸語大辞典をみると、

最初に伝来したのは正円形でボーブラと呼ばれ、ついで伝来したのがカボチャ瓜で、備前徳利に似た形のもの。味はさして美ならず。明和四年(1767)・柳多留に「御亭主が留守で南瓜の直(ね)が出来る」(女の好物)。安永四年(1775)・物類称呼「大阪にて、なんきんうり又ぼうぶら、江戸にて先年は、ぼうふらといい、いまはかぼちゃと云」

とあり、さらに、「唐茄子」は、

扁平で竪襞のある小型のかぼちゃ。かぼちゃよりも美味。明和頃(1764~72)から行なわれ始めた、

とあり、

ボウブラ、
カボチャ瓜(南京)、

だけでなく、

唐茄子、

もまた別種であった。

「ぼうぶら」は、

天正(1573~92)ころから作り始めた、

とある(たべもの語源辞典)。その種は、

もと回紇(ウイグル)から渡ってきた。薩摩には元和年間(1615~24)にカンボジア(柬埔寨)からボウブラというウリが渡来し、寛永年間(1624~44)に世に広まった。京都に種を植えたのは延宝・天和(167284)ころである、

とある。一方、江戸では、

享保年間(1716~36)までは南瓜(ナンキン 一名カボチャ)を売っていない、

が、

元文(1736~41)の初めころから多く植えられるようになり、夏から秋にかけてのたべものになった、

とある。「唐茄子」は、

天明六年(1786)の項は隋の後、江戸足立郡栗原村の農夫某がカボチャの古種を見出して撒いてみたところ、この味がカボチャり良く、唐茄子と呼んで広まり、寛政(1789~1801)にはカボチャはついに絶えてしまった、

とある(仝上)。この「カボチャ」は、

カボチャ瓜、

といい、後に瓜を省いた。曲亭馬琴は、

箱根から西には唐茄子はない、みなカボチャである。カボチャは味が薄くまずい、

と書いていた(仝上)。つまり、

ボウブラ、
カボチャ瓜、
唐茄子、

は、別々のものであった。今日、カボチャは、一つであるが、今日市場におけるかぼちゃのほとんどは、

セイヨウカボチャ C. maximaの日本品種である栗かぼちゃ、

でありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%9C%E3%83%81%E3%83%A3、ニホンカボチャとは別種であり、日本国外で、

「Japanese pumpkin(日本のかぼちゃ)」や「kabocha」、

と呼ばれるかぼちゃも主に、栗かぼちゃでありニホンカボチャではない(仝上)。

かぼちゃのお化け.jpg

(カボチャ瓜のお化け 歌川芳員・妖怪双六「砂村の怨霊」https://twitter.com/ukiyoeota/status/924489676873809920/photo/1より)

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:05| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする