2020年09月30日


「万葉集に菊なく、楚辞に梅なし」

という。中国では、菊は古くから文献に現われるが、

これらは自生種のハイシマカンギクなどを指すと考えられる。栽培キクはチョウセンノギクとハイシマカンギクの雑種として5、6世紀頃に現れたらしく、唐代に入って盛んに栽培・観賞された、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%AF。それが、奈良時代末か平安初期に中国から渡ってきた(岩波古語辞典)とき、「菊」の字音として伝わった、とする説がある。「菊」(漢音・呉音キク)は、

会意兼形声。匊(キク)は、手の中に米をまるめて握ったさま。菊はそれを音符とし、艸を加えた字で、多くの花をひとまとめにして、まるく握った形をした花、球状花序、掬(キク まるくにぎる)、球(まるくまとめる)とは同系、

とある(漢字源)。「球状花序」とは、

多くの花をまとめて丸く握ったような形をした花、

を指す(語源由来辞典)、とある。

陶淵明に、

采菊東籬下
采菊東籬下 
悠然見南山 
山気日夕佳 
飛鳥相共還 
此中有真理 
欲弁巳忘言

がある。確かに。大言海にも、

我が国固有の種は、古名、カハラヨモギ、今云ふ、野菊にて、盛んに賞翫するものは、支那種なり、されば、字音に菊(キク)と云ふ、渡来は、奈良朝の末なるべく、延暦の大御歌を初見とす、

とある。確かに万葉集には「菊」は詠まれておらず、編年体である六国史を中国の類書にならい分類再編集した『類聚国史』(延喜元年(901))に、

この頃のしぐれの雨に菊の花散りぞしぬべきあたら其の香を(桓武天皇)

と、あるのが初見とされる(たべもの語源辞典・岩波古語辞典)。平安時代中期の和名抄(和名類聚抄)にも、

菊、俗如本音呼、

とある。ために、

「菊」の字音、

とする説(和句解・日本釈名・国語の中に於ける漢語の研究=山田孝雄)が大勢である。

同じ和名抄は、地名だが、

ククチ、菊池、

と記し、古くは、菊を、

クク、

と訓んだと思われる(たべもの語源辞典)。そのため、

古くはクク(東雅・古今要覧稿)、

という説がある。とすると「クク」は何に由来するか、が説明されなくてはならない。たべもの語源辞典は、

菊の花がくくったような形をしているのでクク(菊)といった。ククがキクに転訛した、

とする。

古くはククで、小花をしめくくっている頭状花であることから、ククル、ククリの言葉から(植物名の由来=中村浩)、

がそれである。「頭状花序(とうじょうかじょ)というのは、

主としてキク科の花に見られるような、多数の花が集まって、一つの花の形を作るものである、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E7%8A%B6%E8%8A%B1%E5%BA%8F、個々の花びらと見えるのは、それぞれが一つの花である。分解してよく見れば、それぞれに雄蕊や雌蕊があり、小さいながらも花の構造を持っている(仝上)のである。

菊.jpg


日本語源広辞典は、字音キク由来とし、こう説明している。

キクは訓ではなく音読みです。菊の花が、まったく中国からの輸入だとしますと、名もないノギクや、エゾギクなどは、五、六世紀に中国から輸入したものでしょうか。(中略)キクという中国音は、音だけが古くから伝わっていて、縄文の時代から使われていました。そして、すっかり日本語になったキクが、中国の漢字と出会うのは、弥生の後期になってからだと想像します、

と。いかがなものであろうか。「菊」の実物なしに、音だけが入るということはあり得るのかどうか。そんなに古くから「菊」があったのなら、なぜ「菊」を歌わなかったのか、が疑問になる。むしろ、花序から、

クク、

と呼んでいたものが、漢字の、

菊、

の字と出会って、

キク、

に転じた、と見る方が妥当かもしれない。

古くは「クク」と言っていたものが「キク」に音韻変化した(語源由来辞典)、

というのは、その意味ではないか。

花の形がものをすくいあげるときの手の形に似ていることから「掬」の意によってつけられた、

とする(古今要覧稿)のは、少し考え過ぎの気がする。

それにしても、古来の野菊系は、なぜ歌に登場しないのだろう。

菊は神代から日本にあったが、賤しげな貧弱な花であったから詠まれなかった、

とする(たべもの語源辞典)のは、ちょっと納得しがたい。

ノコンギク.jpg

(野菊としては最もポピュラーなノコンギク https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E8%8F%8Aより)

キク科の「ヨメナ」(嫁菜)は、道端で見かける野菊の一種であるが、

よく似た姿のキク類は他にもいくつかあり、一般にはそれらをまとめてヨメナと呼んでいることが多い、

とされるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%A1%E3%83%8A。つまり、

野菊、

を、

ヨメナ、

と括ったりするが、

花姿の良く似たノコンギクに比べ、黄色い筒状花の冠毛が非常に短いが、弁別は難しく、大雑把に「野菊」と呼ばれることもあります、

とありhttp://kemanso.sakura.ne.jp/uhagi.htm、「ヨメナ」を、

ノギク、

の別名とみている辞書もある(広辞苑)。ヨメナは、

ムコナ(シラヤマギク)、

に対応する名前で、万葉時代には、

うはぎ、

平安時代には、

おはぎ、

と呼ばれていたhttp://kemanso.sakura.ne.jp/uhagi.htmとされる。「ヨメナ」は、食用であり、「うはぎ」は、

妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや、
春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野のうはぎ摘みて煮らしも、

と、万葉集に詠われているのであるhttps://art-tags.net/manyo/flower/uhagi.html

中国由来の「菊」は、古今和歌集で盛んに詠われていたが、今日の「野菊」の一種に当たる「よめな」は詠われている。「菊」という名を知らないのだから、当然である。

となると、「菊」は、

字音、

と考えるのが当然なのではないか。

ヨメナ.jpg


なお、「野菊」の各種については、https://www.neko-net.com/hana/archives/category/special/%E9%87%8E%E8%8F%8Aに詳しい。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:27| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする