2020年10月06日

いけづくり


「いけづくり」は、

いきづくり、

とも言うが、

「いけづくり」とよぶべきだが、往々にして「いきづくり」という。「粋きづくり」という語と紛らわしいのでこれを避けるため、「生作」は「いけづくり」とよむのがよい、

とあり(たべもの語源辞典)、

生栗(いけぐり)・生戀(いけごい)・生簀(いけす)・生花(いけばな)などは、いずれも生かしておくという「いける」の意である、

ともある(仝上)。しかし、江戸後期(1834~48頃)の為永春水『貞操婦女八賢誌(ていそうおんなはっけんし)』には、

其方(そなた)の体を生作(いけづく)り、その庖丁の切味を饗応(ふるま)ひ呉れん、

とあり、江戸後期(1810~22)の十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の続編の『続膝栗毛』に、

おれは鰒汁(ふぐじる)に生海鼠(なまこ)鱠(なます)鯉(こい)の生(いき)づくりでなければくはぬぞといふと、

とありhttps://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=363、「いきづくり」「いけづくり」が両用されていたようである。

「いけづくり」は、

生け作(造)り、
活け作(造)り、

等々と当てる。

コイ・タイなどを生きたまま、頭・尾・中骨はそのままに、身を切り取って手早く刺身に作り、再び原形のように並べて出す料理、

である(広辞苑)。これが転じて、

新鮮な魚の刺身、

の意ともなっている、とある(仝上)。

刺身をとくに活きがよいと自慢するために「生作」と称する場合もある、

とある(たべもの語源辞典)。

出雲松江の料理に、

鯉の腹を切って、内臓を取り出し、下の身はそのままにして中骨の上の身だけを皮を傷つけぬようにしてとる。それを洗いにするか、または細作りにして、鯉の中身の上に並べ、上の皮をかぶせて、さながら生きている鯉のように見せて客に供する……。客の前に置くとき、目に醤油か酢の一滴を落とすと、はねて、生きていることがわかる、

とあり(たべもの語源辞典)、

鯉の生作を客席に出すと、客前で鯉の頸部を庖丁のみで叩き、鯉がはねると皮の下に盛り込んだ肉がばらばらになる。それをお客に盛り分ける。一つの芸として見せたのである、

ともある(仝上)。

「生け作り」の「つくり」は、

魚軒(つくりみ)なり、

とあり(大言海)、

鯉の料理の名、

とあるので、本来鯉の料理を指したもののようである。鯉は、

背骨を傷めない限り、わりに長く生きているので、本当の生けづくりはコイであるともいう。コイは三枚におろし、皮は背皮の部分を切り離さないでおく。肉を刺身か洗いづくりにして中骨の上に戻し、皮をかぶせる。イセエビ、クルマエビなどは、背骨はないが長く生きているのでよく用いられる、

とある(日本大百科全書)。また、タイもよく使われ、江戸時代の文献に、

生きのいいものを皮付きのまま三枚におろし、片側は焼き、片側は刺身づくりにしたものをタイの生けづくりという、

とある(日本大百科全書)。江戸中期の国語辞典『俚言集覧』には、

鯉、鮒等、活動するものわ、細切し、臠(ヒトキレ)にせず、食用にする制作を云ふ、

とある。

活き造り.jpg


「つくりみ」は、

作身、

とも当て、

切るを忌みて作ると云ふか、刺身も同じかるべし、ミは、肉(しし)なり、

とある(大言海)。

「さしみ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/453881536.htmlで触れたが、「さしみ」は、

指身・指味・差味・刺躬また魚軒とも書く。生魚の肉を細かく切ったものを古くは鱠(なます)とよんでいた。つくり方は、魚肉を切ったものであるが、切るという言葉を忌み、切身とよばず打身(うちみ)とよんだものがあった。室町時代に魚肉の打身という言葉が現れる。また、切ることを刺すと称することから、刺身ともよんだのが刺身の起こりであるとの説がある。また、切った身は、その魚名がわかりにくい。そこで切った身にその魚の鰭(ひれ)をさしてその正体を現したものを刺身というとの説もある。昔からある鱠(なます)にその魚の鰭を刺したものを「さしみなます」とよび始めたが、これが略されて刺身となったともいう。儀式料理では、刺身が正しい呼び方である。室町時代に醤油が発明され、刺身醤油ができたとき、刺身料理が完成した。刺身の語源は、魚肉を切って、その鰭を一種の飾りのように身に刺したことから起こったものである、

とある(たべもの語源辞典)。なお、

関西では魚を切ることを「つくる」といったので、つくり身といい、「つくり」を関東の刺身と同じ意味に用いた、

ともある(仝上)。

こうした「切り身」が「刺身」と「造り」に呼び分けられたのは、

切りつけの方法から盛りつけ方、器に至るまで、関東と関西では全く異なった、

からだ、とあるhttps://www.gnavi.co.jp/dressing/article/22003/。江戸では、

魚の鮮度を損なわないよう、さくに包丁があたる面をなるべく少なくして厚みのある短冊に切る。盛りつけ方は、深さのある器にけんやつまをたっぷりと飾り、高いところから低いところへと水が流れるようにさまざまな種類の魚を盛る「天地人盛り」や「山水盛り」が主流であった、

のに対し、内陸の京では、

冷蔵・冷凍で保存する技術もなかったため、薄塩や昆布で締めた白身魚を食べていた。塩で締めた魚は包丁を引かないと切ることができない。魚の持ち味を楽しむという関西独自の考え方から、一皿に盛りつける魚は1種のみ。あしらいは使わず、平皿に直に並べられていた、

とある(仝上)。ただ、今日では、「つくる」は、

大根や大葉などの「あしらい」や尾頭で飾りつけられた切り身を盛り合わせたものや、昆布で締めるなど切り身にひと手間加えたもの、

を呼び、刺身は、

飾り気のない切り身、また、魚介に限らず牛や馬などの肉や刺身コンニャクなどの加工品を含む新鮮な切り身全般、

を呼ぶ傾向にある(仝上)、とか。

なお、「洗い」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474204418.html、「なます」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474186656.html?1584905399については、触れた。

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:23| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする