2020年10月17日

甚平


「甚平」とは、

甚兵衛羽織のこと、

とある(広辞苑)。

綿入りの袖なし羽織(大言海)、
男子用の袖なし羽織(広辞苑)

とあるが、

半袖・筒袖で丈が短く、襟先と脇についた紐を結んで着る着物。男子の夏の室内着として用いられる、

ともある(語源由来辞典)。

もと関西地方に起こり、木綿製綿入り防寒着で、丈は膝を隠すくらいとし、前の打合せを付紐で留める。今、麻・木綿製で筒袖をつけた夏の家庭着にいう、

とある(広辞苑)。さらに、現代では主に男子の夏の室内着で、

木綿あるいは麻製で、単衣仕立て。脇の両裾に馬乗り(うまのり/スリット)がある。短い半袖や七分袖の筒袖・平袖で、袖口が広め。衿は「棒衿」で衽(おくみ)はないのがふつう。付け紐で結ぶので帯を必要としない。袖も身頃も全体的にゆったりして、風通しが良い作りなので、夏のホームウエアとして涼しく着られる、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9A%E5%B9%B3。筒袖となって普及したのは大正時代、大阪であり、

丈が短く、袖に袂がなくて衿と身頃につけた付け紐は、右を表左は裏側で結び、ふつうの和服のように右前に着る。そろいの半ズボンをはくのが今では一般的であるが、昭和40年頃までは、甚平といえば膝を覆うぐらい長い上衣のみであった、

とある(仝上)。

甚兵衛.jpg

(甚兵衛 デジタル大辞泉より)

つまり、

羽織→綿入り袖なし羽織→筒袖の木綿製綿入り防寒着→筒袖の夏の家庭着、

と転じて来たもののようである。いま、「甚平」は、夏の季語である。

甚兵衛、

とも書き、

じんべ、

ともいう。

その由来は、

甚兵衛羽織、

だが、「甚兵衛羽織」は、

下級武士向けの木綿綿が入った袖なし羽織で、陣羽織を真似てつくられた「雑兵用陣羽織」の意味から、「陣兵羽織」で、「甚兵衛羽織」になったとされる。その甚兵衛羽織を着物仕立てにしたもの(語源由来辞典)、

とか、

武士の着るラシャ織の陣羽織に対する下級武士の着る綿入れ袖なし防寒具(日本語源広辞典)、

といった説が立てられているが、どうも信じがたい。確かに、嘉永三年(1850)の 江戸見聞録『皇都午睡』にも、

世に、甚兵衛羽織とて、袖の無き羽織を、今云ふ、殿中羽織と同じきもの、甚兵衛と云ふ者、製し始たかとも思ひ居りしが、是は、陣兵羽織にて、大将軍は、陣羽織を著せらるれども、雑兵など、寒気の頃は、綿入れ袖なし羽織なりと著ざれば、甚難かるべし、其時の著用にて、陣兵羽織なるべし、

とあり、

陣羽織→陣兵羽織→甚兵衛羽織→甚兵衛→甚平、

と転訛したとする説(語源由来辞典)に思われるが、どうも信が置けない。第一、幕末の頃に、そう言われていたとすると、

江戸末期に庶民が着た「袖無し羽織(そでなしばおり)」が、「武家の用いた陣羽織(陣中で鎧・具足の上に着た上着)に形が似ていたことから」とする、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9A%E5%B9%B3の方が信憑性が高い気がする。とすると、普通一笑に付される、「甚兵衛羽織」の略とされるのだから、

甚兵衛という名の人が着ていたことから、

という説(仝上)を、

単に字面から言われたもので根拠がない、

とする説(語源由来辞典)こそ、根拠がない。第一、

陣兵羽織、

等々というものはないのではないか。雑兵が羽織を着したなどということは聞いたことがない。「足軽」は、各自が自前で甲冑武具を持つ余裕がないので、

御貸具足、
御貸刀、

等々を貸与され、

胴に籠手、陣笠または兜が一定の形式となり、胴の前後に合印の紋が朱漆描きか金箔で置かれる。雑用を弁じるため籠手には手甲を着けず、走り回るために佩楯、脛当もつけず脛巾に草鞋、

であり、股引は着けているが、素足である。そして、

打飼袋または兵糧袋、

を腰か襷にかける(図録日本の甲冑武具事典)。

だから、「雑兵物語」では、

とうがらしを磨りつぶして、尻から脚の爪先まで塗っておけば、こごえない、

と言っているのだ。

陣羽織.bmp

(陣羽織 精選版日本国語大辞典より)

「陣羽織」は、

「室町殿日記」に具足羽織の語が見られ、「関八州古戦録」に袖なしの陣羽織と記されている点などから、初期は普通の羽織を陣中で着用しているうちに、人目を引くような羽織がつくられ、やがて活動しやすいように袖を取った形のものがつくられた、

とあり(図録日本の甲冑武具事典)、

始めは防寒用とか、小具足姿でくつろいだときに着たものであったものが、次第に自己表示のものとなり、戦場でも甲冑の上に着たままで働き、(中略)春冬秋は袷のもの、夏は単衣の薄いものなどを着るようになったのである。目立つことを主とするので多く好まれるのは緋羅紗、錦、更紗、鳥毛植、麻木綿に図案を描いたものまたは刺繍したものなどである、

らしく(仝上)、そして、

袖付の陣羽織は高級武将が用いたが、いちばん普及したのは袖なし陣羽織であるから、後世では陣羽織といえば袖なしを意味するようになり、むしろ袖付の方が特殊に思われるようになった、

とある(仝上)。「陣羽織」という言葉は、

江戸時代に定着したもので、しだいに軍陣の礼服の一種のようになり、威儀化、定式化し、非常の際の衣服ともなった。同時に戦時の役職を示す標識ともなり、幕府や諸藩において制服的な衣服として規定される陣羽織も生じた。多くは背に定紋、合印(あいじるし)などをつけ、肩章(けんしょう)様の太刀受(たちうけ)、立襟(たちえり)に、きらびやかな布地の返襟(かえしえり)、ぼたん掛けの板紐(いたひも)などの意匠で、少なからず当初の南蛮風俗の影響を残しつつ、ほぼ一定した形式として用いられた、

とある(日本大百科全書)。

伝豊臣秀吉所用の富士御神火文黒黄羅紗陣羽織.jpg

(伝豊臣秀吉所用の富士御神火文黒黄羅紗陣羽織を参考に江戸時代に作られた陣羽織 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%B9%94より)

「甚平」のもとになった「甚兵衛羽織」は、「陣羽織」とは無縁なところから始まったものと言っていいように思う。

甚兵衛という名の人が着ていたことから、

かどうかは別に、

甚兵衛羽織→甚平、

と略されたのに合わせて、

陣羽織、

を連想しただけなのではないか。

なお、「羽織」については「法被と半纏」http://ppnetwork.seesaa.net/article/472402181.htmlで触れた。

参考文献;
笠間良彦『図録日本の甲冑武具事典』(柏書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
吉田豊(現代語訳)『雑兵物語―雑兵のための戦国戦陣心得』(教育社新書)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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甚平


「甚平」とは、

甚兵衛羽織のこと、

とある(広辞苑)。

綿入りの袖なし羽織(大言海)、
男子用の袖なし羽織(広辞苑)

とあるが、

半袖・筒袖で丈が短く、襟先と脇についた紐を結んで着る着物。男子の夏の室内着として用いられる、

ともある(語源由来辞典)。

もと関西地方に起こり、木綿製綿入り防寒着で、丈は膝を隠すくらいとし、前の打合せを付紐で留める。今、麻・木綿製で筒袖をつけた夏の家庭着にいう、

とある(広辞苑)。さらに、現代では主に男子の夏の室内着で、

木綿あるいは麻製で、単衣仕立て。脇の両裾に馬乗り(うまのり/スリット)がある。短い半袖や七分袖の筒袖・平袖で、袖口が広め。衿は「棒衿」で衽(おくみ)はないのがふつう。付け紐で結ぶので帯を必要としない。袖も身頃も全体的にゆったりして、風通しが良い作りなので、夏のホームウエアとして涼しく着られる、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9A%E5%B9%B3。筒袖となって普及したのは大正時代、大阪であり、

丈が短く、袖に袂がなくて衿と身頃につけた付け紐は、右を表左は裏側で結び、ふつうの和服のように右前に着る。そろいの半ズボンをはくのが今では一般的であるが、昭和40年頃までは、甚平といえば膝を覆うぐらい長い上衣のみであった、

とある(仝上)。

甚兵衛.jpg

(甚兵衛 デジタル大辞泉より)

つまり、

羽織→綿入り袖なし羽織→筒袖の木綿製綿入り防寒着→筒袖の夏の家庭着、

と転じて来たもののようである。いま、「甚平」は、夏の季語である。

甚兵衛、

とも書き、

じんべ、

ともいう。

その由来は、

甚兵衛羽織、

だが、「甚兵衛羽織」は、

下級武士向けの木綿綿が入った袖なし羽織で、陣羽織を真似てつくられた「雑兵用陣羽織」の意味から、「陣兵羽織」で、「甚兵衛羽織」になったとされる。その甚兵衛羽織を着物仕立てにしたもの(語源由来辞典)、

とか、

武士の着るラシャ織の陣羽織に対する下級武士の着る綿入れ袖なし防寒具(日本語源広辞典)、

といった説が立てられているが、どうも信じがたい。確かに、嘉永三年(1850)の 江戸見聞録『皇都午睡』にも、

世に、甚兵衛羽織とて、袖の無き羽織を、今云ふ、殿中羽織と同じきもの、甚兵衛と云ふ者、製し始たかとも思ひ居りしが、是は、陣兵羽織にて、大将軍は、陣羽織を著せらるれども、雑兵など、寒気の頃は、綿入れ袖なし羽織なりと著ざれば、甚難かるべし、其時の著用にて、陣兵羽織なるべし、

とあり、

陣羽織→陣兵羽織→甚兵衛羽織→甚兵衛→甚平、

と転訛したとする説(語源由来辞典)に思われるが、どうも信が置けない。第一、幕末の頃に、そう言われていたとすると、

江戸末期に庶民が着た「袖無し羽織(そでなしばおり)」が、「武家の用いた陣羽織(陣中で鎧・具足の上に着た上着)に形が似ていたことから」とする、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9A%E5%B9%B3の方が信憑性が高い気がする。とすると、普通一笑に付される、「甚兵衛羽織」の略とされるのだから、

甚兵衛という名の人が着ていたことから、

という説(仝上)を、

単に字面から言われたもので根拠がない、

とする説(語源由来辞典)こそ、根拠がない。第一、

陣兵羽織、

等々というものはないのではないか。雑兵が羽織を着したなどということは聞いたことがない。「足軽」は、各自が自前で甲冑武具を持つ余裕がないので、

御貸具足、
御貸刀、

等々を貸与され、

胴に籠手、陣笠または兜が一定の形式となり、胴の前後に合印の紋が朱漆描きか金箔で置かれる。雑用を弁じるため籠手には手甲を着けず、走り回るために佩楯、脛当もつけず脛巾に草鞋、

であり、股引は着けているが、素足である。そして、

打飼袋または兵糧袋、

を腰か襷にかける(図録日本の甲冑武具事典)。

だから、「雑兵物語」では、

とうがらしを磨りつぶして、尻から脚の爪先まで塗っておけば、こごえない、

と言っているのだ。

陣羽織.bmp

(陣羽織 精選版日本国語大辞典より)

「陣羽織」は、

「室町殿日記」に具足羽織の語が見られ、「関八州古戦録」に袖なしの陣羽織と記されている点などから、初期は普通の羽織を陣中で着用しているうちに、人目を引くような羽織がつくられ、やがて活動しやすいように袖を取った形のものがつくられた、

とあり(図録日本の甲冑武具事典)、

始めは防寒用とか、小具足姿でくつろいだときに着たものであったものが、次第に自己表示のものとなり、戦場でも甲冑の上に着たままで働き、(中略)春冬秋は袷のもの、夏は単衣の薄いものなどを着るようになったのである。目立つことを主とするので多く好まれるのは緋羅紗、錦、更紗、鳥毛植、麻木綿に図案を描いたものまたは刺繍したものなどである、

らしく(仝上)、そして、

袖付の陣羽織は高級武将が用いたが、いちばん普及したのは袖なし陣羽織であるから、後世では陣羽織といえば袖なしを意味するようになり、むしろ袖付の方が特殊に思われるようになった、

とある(仝上)。「陣羽織」という言葉は、

江戸時代に定着したもので、しだいに軍陣の礼服の一種のようになり、威儀化、定式化し、非常の際の衣服ともなった。同時に戦時の役職を示す標識ともなり、幕府や諸藩において制服的な衣服として規定される陣羽織も生じた。多くは背に定紋、合印(あいじるし)などをつけ、肩章(けんしょう)様の太刀受(たちうけ)、立襟(たちえり)に、きらびやかな布地の返襟(かえしえり)、ぼたん掛けの板紐(いたひも)などの意匠で、少なからず当初の南蛮風俗の影響を残しつつ、ほぼ一定した形式として用いられた、

とある(日本大百科全書)。

伝豊臣秀吉所用の富士御神火文黒黄羅紗陣羽織.jpg

(伝豊臣秀吉所用の富士御神火文黒黄羅紗陣羽織を参考に江戸時代に作られた陣羽織 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%B9%94より)

「甚平」のもとになった「甚兵衛羽織」は、「陣羽織」とは無縁なところから始まったものと言っていいように思う。

甚兵衛という名の人が着ていたことから、

かどうかは別に、

甚兵衛羽織→甚平、

と略されたのに合わせて、

陣羽織、

を連想しただけなのではないか。

なお、「羽織」については「法被と半纏」http://ppnetwork.seesaa.net/article/472402181.htmlで触れた。

参考文献;
笠間良彦『図録日本の甲冑武具事典』(柏書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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