2020年10月22日

戦術の勝利、戦闘の敗北


藤井尚夫『フィールドワーク関ヶ原合戦』を読む。

フィールドワーク 関ヶ原合戦.jpg


著者は、

地形を知らなければ、浅学の書も、古文書も読み違えてしまう。フィールドワークで地形を知ると、通説の矛盾が見えてくる。そして戦場の遺跡が語る情報が、矛盾の隙間を埋めると、「叩き台」ができる。この「叩き台」の上にいくつか仮説を乗せ、戦いを頭の中に復元する。
こんなことをくりかえした結果、この「本」ができた。

と「あとがき」に書く。関ケ原の遺構を見ながら、

後手必勝、

を考えた三成の戦略を想定して見せた。

前日まで大垣城に籠っていた三成や、西軍の部隊が城をでた。東軍にしてみれば、好機到来である。東軍の勝利へのシナリオは、移動中の西軍を補足し、乱戦の中で家康得意の即応的対応による勝利であろう。

ところが、戦いが始まってみると、西軍は盆地の西辺に陣地を構え、東軍は陣地戦に引きずりこまれていたのである。

関ヶ原盆地は、濃尾平野の北西の角にある。中山道、北国海道、伊勢街道の交差する盆地の、笹尾山と天満山の東に、西軍は陣を張った。西軍陣地の弱点は、笹尾山と天満山の間の(北国海道の通る)400メートルの平地である。ここが石田三成の持ち場であった。西軍の狙いは、

長篠の合戦、

で織田・徳川連合軍が、野戦陣地をつくり武田軍と対峙したのと対比される。連合軍は、持ち場で迎撃し、

待ち戦、

で、武田軍に先手を委ね、十分攻撃させ、武田軍の攻撃力が限界に達したところで、反撃に移った。「近代軍事用語」でいう、

攻勢防御、

である。三成の守備する平地の維持が、後手必勝を完遂する必須条件であった。

古文書には、この平地の部分に柵が画かれ防禦工事がされていた様子が見える。ここには現在も土塁の一部が残されている、

という。

西軍の粘りで、攻者側に立つ東軍主力の攻勢限界が見えてきた、のである。後手必勝には、

相手の攻勢を押さえること、

が第一条件である。それを西軍はクリアした。

そして、ついに三成の考える後手必勝の最終段階に到った。東軍は攻勢限界に達している。ここで西軍の大反撃が開始されれば、東軍は壊乱状態に陥る可能性が高い。

三成は、反撃開始の合図を出す。

しかし、反撃攻撃に出たのは石田軍と小西軍、宇喜多軍だけであり、西軍主力の中では小早川軍、島津軍や脇坂、朽木等の諸隊は反撃に加わらない。南宮山の西軍も動かない。反撃は中途半端なものになった、

のである。

反撃に出た西軍の一部が、今度は東軍の防禦クッションに吸収され、時を待たず西軍は攻勢限界にいたった。

ここに至って、

両軍の最高指揮官の意図とはまったく違った混戦、

となり、これを決したのは、

小早川秀秋の裏切り、

である。

家康が西軍の野戦築城された陣地での戦いを望んだとは考えられない。小早川の陣のすぐ近くで東軍が戦ったのは、西軍に引きずられての偶然の結果である。不確実な小早川の裏切りだけに期待をかけ、守りの固い野戦陣地を攻撃するシナリオを作るほど、家康は他人に甘える人物ではない。

小早川軍八千が、南から西軍の脇を衝き、西軍は壊乱した。著者は、こう述べている。

もし小早川秀秋が、長篠合戦のような後手必勝の戦闘を多く経験した武将なら、躊躇なく西軍の一斉反撃に加わった可能性は低くなかろう、

と。

結局、三成は、戦術で家康にまさったが、戦闘で負けた。しかし、それは、南宮山の西軍、毛利秀元、吉川広家が動かず、島津勢、脇坂勢も動かなかったのは、家康の政治力に屈したという意味で、戦略の敗北である。

本書は、現場の遺構から、今までの関ケ原の常識を覆し、西軍側の戦略的な陣地戦を明らかにした。三成の誤算は、描いた戦術を遂行する戦力の見積もりをあやまったことにある。

本書は、また会津での、上杉・佐竹と上杉征伐軍との対峙も合わせて描く。景勝の敗北を、

上杉軍は後手必勝の戦場に防禦工事を行い、万全な構えを整えた。(中略)西国での事変を知った家康は、八月四日小山を出て五日江戸に帰城した。……家康が上杉領を侵さないのなら景勝には戦う意志がないのである。(中略)家康が西へ進みえたのは、家康の意志によるのではなく、景勝のつくりだした軍事的空白が家康の西進を可能にしたのである。(中略)景勝は、政治的感覚がない。軍人家康は敵であるが、政治家家康は彼にとって評価外の存在だったのか。
この時点で景勝が戦線を離脱したのは、政治家家康も彼の敵であることを認識できなかったからである。景勝の敵である政治家家康の力を削ぐために、景勝はいつでも侵攻可能と思わせる態勢を取り続け、家康を関東に釘付けにするべきだった。
(中略)結局は景勝のこのときの戦線離脱が、関ヶ原合戦の後、上杉家を政治的敗者にしてしまうのである、

と政治力のなさにみる。

参考文献;
藤井尚夫『フィールドワーク関ヶ原合戦』(朝日新聞社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:35| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする