2020年11月23日
けし
「けし」は、
異し、
怪し、
等々と当てる。「けしからん」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/452101005.html)で触れたことがあるが、
普段と異なった状態、または、それに対して不審に思う感じを表す、
とあり(広辞苑)、
いつもと違う、普段と違って宜しくない。別人に事情をもつ、病気が悪いなどの場合に使う(万葉集「はろばろに思はゆるかもしかれどもけしき心を我が思はなくに」)、
劣っている、悪い(源氏「心もけしうはおはせじ」)、
不美人だ(源氏「よき人を多く見給ふ御目にだにけしうはあらずと…思さるれば」)、
(連用形「けしう」の形で副詞的に)ひどく(かげろふ「けしうつつましき事なれど」)、
等々といった意味が載り(岩波古語辞典)、
け(異)の形容詞形。平安女流文学では,「けしうはあらず」「けしからず」など否定の形で使うことが多い(仝上),
異(ケ)を活用せしむ、奇(く)しと通ず(大言海)、
とあり、「異(け)」には、
奇(く)し,異(け)しの語根(大言海)、
とあり、別に、
怪、
と当てる「怪(け)」も載り、
怪(カイ)の呉音とするは常説なれど、異(ケ)の義にて、異常のいならむ、
ともある(大言海)。
怪し、
と
奇し、
とは、どちらから転訛したかは別として、意味の上からは、重なるようである。
当てている漢字からみるなら、「異」(イ)は、
会意。「おおきなざる、または頭+両手を出したからだ」で、一本の手のほか、もう一本の別の手をそえて物を持つさま。同一ではなく、別にもう一つとの意、
とある(漢字源)。
異は同の反。物の彼と此と違うなり、
とあり(字源)、「ことなる」意であり、だから、「怪しい」「奇し」「めずらしい」という意になっていく。
「怪」(漢音カイ、呉音ケ)は、
会意兼形声。圣は「又(て)+土」からなり、手で丸めた土のかたまりのこと。塊(カイ)と同じ。怪は、それを音符とし、心をそえた字で、まるい頭をして突出した異様な感じを与える物のこと、
とあり(漢字源)、「ふしぎなこと」「あやしげなもの」といった意味を持つ。
「奇」(漢音キ、呉音ギ・キ)は、
会意兼形声。可の原字は┓印で、くっきりと屈曲したさま。奇は「大(大の字の形に立った人)+音符可」で、人のからだが屈曲してかどばり、平均を欠いて目立つさま。またかたよる意を含む、
とあり(仝上)、「めずらしい」「あやしい」という意味を持ち、当てている感じも、意味が重なる。
「けし」の大きな意味の変化は、
上代では「古事記」や「万葉集」に連体形のケシキがみられる。中古になると連用形のケシクとその音便形ケシウが、
あるべき状態と異なっているさま、よくないさま、
という状態表現の意から、
変わっていることに対して不審に思うさま、あやしい、
という主体の感情、価値表現の意で使われることが多くなり、「ケシウ」は、
程度がはなはだしいさま、
の意で、「けしうはあらず」「けしうはあらじ」の形で、
打消しを伴い、「たいしてよくない」「たいして悪くない」「格別のことはない」の意味で使用されることが多くなる。さらに、「けし」を否定した形の「けしからず」が意味的には肯定に使われることが多くなり、副詞的な使用は、
けしからず、
が、
けし、
にとってかわった(日本語源大辞典)、とある。
「けしからず」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/452101005.html)が、
打消しの助動詞ズが加わって,ケシの,普通と異なった状態であるという意味の強調された語、
となり、「けし」は、それを否定した「けしからん」と,ほぼ同じ意味になる。
「あやし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469274125.html)で触れたように、「あやし」が,
不思議なものに対して,心をひかれ,思わず感嘆の声を立てたという気持ちを言う、
という原義(広辞苑)が,
霊妙である,神秘的である。根普通でなくひきつけられる,
↓
不思議である,
↓
常と異なる,めずらしい,
↓
いぶかしい,疑わしい,変だ,
↓
見慣れない,物珍しい,
↓
異常だ,程度が甚だしい,
↓
あるべきでない,けしからん,
↓
不安だ,気懸りだ,
↓
確実かどうかはっきりしない,
↓
ただならぬ様子だ,悪くなりそうな状況だ,
↓
(貴人・都人からみて,不思議な,或可きでもない姿をしている意)賤しい,
↓
みすぼらしい,粗末である,
↓
見苦しい,
等々といった意味を変えていったように、「けし」も、
在るべき状態と異なっている,異様である、
↓
よくないさま,けしからん、
↓
解せない、
↓
変っていることに対して不審に思うさま,怪しげだ,
↓
怪しいまでに甚だしいさま,ひどい,
と意味を変じて言ったということになる。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95