2020年12月18日
ことわり
「ことわり」は、
断、
理、
と当てる。「断」とあてる「「ことわり」は、
物事の理非を分かち定めること、判断、判定(源氏「中将はこのことわりを聞きはてんと」)、
申し訳、言い訳(源氏「いみじうことわりして聞こゆとも、いとしかるべいわざぞ」)、
前もって理由を告げること(浄瑠璃・淀鯉出世滝徳「きつう酔うて御座んす故、ことわりいうて内からお駕籠に召させます」)、
の意があり、「理」とあてる「ことわり」は、
道理、条理(万葉集「父母を見れば貴し妻子(めこ)見ればめぐし愛(うつく)し世間(よのなか)はかくぞ道理(ことわり)」山上憶良)、
格式、礼儀に適っていること(欣明紀「新羅ことわり無し」)、
理由、わけ(源氏「そのことわりをあらはにえ承り給はじ」)、
当然のこと、もっともなこと(源氏「人の御心を尽し給ふも、げにことわりと見えたり」)、
(副詞的に)もちろん、無論(枕草子「わが得たらむはことわり、人の許なるさへ憎くこそあれ」)、
の意がある(広辞苑)が、どうも両者に差があるとは思えない。
「断(斷)」(漢音タン、呉音ダン)は、
会意。「糸四つ+それをきるしるし+斤(おの)」で、ずばりと糸の束を断ち切ることを示す、
とあり(漢字源)、「上から下へズバリと断ち切る」意で、「決断」「切断」「断乎」である。
断は、ものを二つにたちきること。または物の中たえたることにも用ふ。断碑、斷橋、斷雲の如し。転じて、決断の義に用ふ。斷獄の如し、
とあり(字源)、「断」には、
ことわる、ことわり、理由を説明して相手の要求を退ける、訳を述べて許可を得る、又はその許可、
といった意味はない(仝上)。「理」(リ)は、
会意兼形声。里は「田+土」からなり、すじめをつけた土地。理は「玉+音符里」で、宝石の表面にすけてみえるすじめ。動詞としては、すじをつけること、
で(漢字源)、「物事のすじめ」「ことわり」の意で、「道理」「論理」と使い、
理は、玉を治むる義。筋道をただしてをさむるなり、
とあり(字源)、むしろこの「理」のほうが、和語「ことわり」に当てるのに適っている。
岩波古語辞典をみると、
話の筋道をつける、筋道を立てて説明する
↓
筋ありとする、道理ありとする、
↓
(理非・正邪の)判断を下す、
↓
前もって事の次第を知らせる、予告する、
↓
拒絶する、
という意味の流れが見え、
筋道が通っている、
↓
道理、
↓
判断、
が主たる意味の流れで、だから、
拒絶する、
や
もちろん、
という意はこの意味の流れから当然帰結するし、敢えて言えば、
前もって知らせる、
のが、
筋通に通じる、
とも言える。
大言海は、「理」と「断」を分ける。「理」は、
筋道、
礼儀、
の意であり、「断」は、
告げおくこと、
過去の過ちを詫びること、
拒むこと、
とする。つまり、
話の筋道をつける、筋道を立てて説明する
↓
筋ありとする、道理ありとする、
は「理」を当て、
(理非・正邪の)判断を下す、
↓
前もって事の次第を知らせる、予告する、
↓
拒絶する、
は、「断」を当てるとする。「理」の用例は古く、神代紀に、
於義(ことはり)不可、
とある(大言海)。用例を見ると、「断」は、近世以降に見える。
一般に、「ことわり」は、
動詞「ことわる」の連用形の名詞化、
とされ、「ことわる」は、
事割る(広辞苑)、
言割る(大言海)、
のいずれかとされる。「言霊」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E8%A8%80%E9%9C%8A)で触れたように、一般的に、「事」と「言」は同じ語だったというのが通説である。あるいは、正確な言い方をすると、
こと
というやまとことばには、
言
と
事
が、使い分けてあてはめられていたが、古代の文献に見える『こと』の用例には、『言』と『事』のどちらにも解釈できるものが少なくなく、それらは両義が未分化の状態のものだとみることができる、とある(佐佐木隆『言霊とは何か』)。
「ことわり」は、
物事の筋道を見つけたり、つくり出したりする意、
で(岩波古語辞典)使われたのがはじめと見える。そして、
「万葉集」や「竹取物語」などの中古前後の和文資料には、動詞コトワルの例がみられず、中古中期などでも名詞、形容動詞の例に比べ、動詞例はごくわずかであるところから、
ことわり(名詞)→ことわる(動詞)、
という転化ではないか、と見る説がある(日本語源大辞典)。大言海は、動詞も、「断る」と「理る」を区別している。
言い別く、裁断す、判断す、
言い訳する、
を「断る」「理る」と当て、この転として、
告げおく、報告する、
理(ことわり)を云ひて押し戻す、
拒む、
を「断る」と当て、
常に断の字を当てるも(「断る」「理る」より)移れなり、
と。江戸語大辞典は、
断る、
と当て、
告げる、
訴える、
届ける、
抗議する、
意を載せる。
「理」の意味が、
筋道、
の意味から、主体の、
(理非・正邪の)判断を下す、
↓
前もって事の次第を知らせる、予告する、
↓
拒絶する、判断する、
といった言動にシフトした時が、動詞化のきっかけであり、「理」と「断」の分化につながったのではないか、と推測する。
参考文献;
佐佐木隆『言霊とは何か』(中公新書)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95