2020年12月20日

あしびきの


「あしびきの」は、

足引の、

と当てる。奈良時代は、

あしひきの、

と清音であった(岩波古語辞典)。

「山」「を(峰)」にかかる枕詞である、

が、かかり方は未詳(仝上)、とある。万葉集には、

絶等寸(たゆらき)の山の峰(を)の上(へ)の桜花咲かむ春へは君し偲(しの)はむ(播磨娘子)
あしひきの山のしづくに妹(いも)待つとわが立ち濡れし山のしづくに(大津皇子)
あしひきのやまどりのをのしだりをのながながしよをひとりかもねん(柿本人丸)

等々、多くの歌がある。

「山」及び「山」を含む複合語、「山」と類義語「を(峰)」にかかる、

枕詞が(日本語源大辞典)、次第に、

あしひきの岩根(いはね)こごしみ菅(すが)の根を引かば難(かた)みと標(しめ)のみそ結(ゆ)ふ(大伴家持)
あしひきの木の間立ち潜(く)く霍公鳥(ほととぎす)かく聞きそめて後恋ひむかも、

等々と、

「山」の意を含み、「岩根」「木の間」などにかかる、

ように変ずる。

枕詞を言馴れて、下略して、直ちに山の義とす、

とある(大言海)。本来、

あしひきの岩根(いはね)、

は、

あしひきの(山の)岩根、

を略した使い方になる、ということである。

ひさかたの(天の)月、
ぬばたまの(夜の)夢、

の用例の如し(仝上)、ということである。「岩根」「木の間」以外にも、

「あらし」、「をてもこのも」にかかる例がある。「岩根」、「木の間」は、山に関連する語であり、「あらし」は山から吹き下ろす風、「をてもこのも」は山のあちらこちら、と理解できるので、山にかかる枕詞として「あしひきの」が定着し、慣用化されて、山の意味を内包する語として成立したと考えられる、

とあるhttp://k-amc.kokugakuin.ac.jp/DM/detail.do?class_name=col_dsg&data_id=68193

この「あしひきの」の語源については、

アシヒキは万葉仮名ではkïの音の仮名で書いてあるから、四段活用の「引き」ではなく、ひきつる意をあらわす上二段活用の「ひき」であろう。医心方の傍訓には「攀」をアシナヘともヒキと訓んだ例がある。なお、平安時代の歌人たちは、アシヒキのアシを「葦」の意に解していたらしい、

とあり(岩波古語辞典)、特殊仮名遣いについては、

一字一音で記された例(「阿志比紀」(允恭記など)や「足日木」の表記は、乙類仮名であり、「足引」「足疾」「足病」「足曳」の表記は、甲類仮名であり、甲類乙類の仮名が混同されている。甲類仮名による表記は、記紀や万葉初期の歌には、用いられておらず、柿本人麻呂歌集以降にしか表れていない。人麻呂は新たな枕詞を創作したり、従来の枕詞に新たな表記を用い枕詞の再解釈を行った例もあるので、原義が既に不明になった「あしひきの」の語も、新たな解釈が行われ、表意的な「足引」「足疾」などの用字が選択されたのではないか、

とあるhttp://k-amc.kokugakuin.ac.jp/DM/detail.do?class_name=col_dsg&data_id=68193。したがって、たとえば、

推古天皇が狩りをしていた時、山路で足を痛め足を引いて歩いた故事から(和歌色葉)、
天竺の一角仙人は脚が鹿と同じだったので、大雨の山中で倒れて、足を引きながら歩いた故事から(仝上)、
国土が固まらなかった太古に、人間が泥土に足を取られて山へ登り降りするさまが脚を引くようであったから(仝上)、
大友皇子に射られた白鹿が足を引いて梢を奔った故事から(古今集注)、
アシヒキキノ(足引城之)の意。足は山の脚、引は引き延ばした意、城は山をいう(古事記伝)、
足敷山の轉。敷山は裾野の意(唔語・和訓栞)、
足を引きずりながら山を登る意、
「ひき」は「引き」ではなく、足痛(あしひ)く「ひき」か(広辞苑)、
『医心方』に「脚気攀(あしなへ)不能行」を一つの根拠として足の病の意、

等々は、

「あしひきの」の「あし」を「足」と解釈しているが、平安時代のアクセントからは、「葦」と理解すべきとの指摘もある。万葉初期では、「き」が「木」と表記される例もあり、その表記には、植物のイメージがあるかも知れない、

としhttp://k-amc.kokugakuin.ac.jp/DM/detail.do?class_name=col_dsg&data_id=68193、「あし」が「葦」と重なる例として、石川郎女が大伴田主に贈った歌を挙げ、

我が聞きし耳によく似る葦の末(うれ)の足ひく我が背(せ)つとめ給(た)ぶべし、

で、

足の悪い田主を「葦の末の足ひく我が背」と、足をひきずる様子が柔らかく腰のない葦の葉に喩えられている、

としている。

「あしひきの」「あし」を、「葦」とする説には、

一説に「あし」を葦と解する(広辞苑)、
古くはヤの音を起こす枕詞らしく、アシフキノヤ(葦葺屋)か、馬酔木の木から山を連想したとする(万葉集講義=折口信夫)、
国土創造の時、神々が葦を引いた跡が川となり、捨てたところが山となったので、葦引きの山という(古今集注)、

等々がある。大言海は、

冠辞考に、生繁木(オヒシミキ)の約轉と云へり(織衣(オリキヌ)、ありぎぬ。贖物(アガヒモノ)、あがもの。黄子(キミ)、きび)。上古の山々は、樹木、自然に繁かりし故、山にかかる。万葉集「青山の葉繁木山」。他に、語原説、種々あれど、皆、憶説なり、

と、

生繁木(オヒシミキ)の約轉説、

を採る。「青山の葉繁木山」は、柿本人麻呂の、

垣(かき)越しに犬呼び越して鳥猟(とがり)する君青山の繁き山辺(やくへ)に馬休め君、

である。

アオシゲリキ(青茂木)の約か(音幻論=幸田露伴)、
イカシヒキ(茂檜木)の意か(万葉集枕詞解)、

も同趣の主張になる。他に種々説があるというのは、たとえば、

悪しき日來るの意、三方沙弥が山越えの時、大雪にあい道に迷った時、「あしひきの山べもしらずしらかしの枝もたわわに雪のふれれば」と詠じたところから(和歌色葉)、
アソビキ(遊処)の音便(日本古語大辞典=松岡静雄)、
アスイヒノキの意。アスは満たして置く義の動詞、イヒは飯、キは界限する義の動詞クから転じた名詞「廓(キ)」(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
あはしひくいの(会はし引くいの)。「は」は消音化し「くい」が「き」になった。「あはし(会はし)」は「あひ(会ひ)」の尊敬表現。お会いになりの意。「い」は指示代名詞のそれ。古い時代、「それ」のように漠然とことやものを指し示す「い」があった。「お会ひになり引くそれの」のような意だが、お会いになり引くそれ、とは、お会いになり(私を)引くそれであり、それが山を意味するhttps://ameblo.jp/gogen3000/entry-12447616732.html

等々である。しかし、何れも理窟をこねすぎる。「あしひきの」の「あし」が、「足」でなく「葦」なら、個人的には、次の説が最もシンプルで説得力がある。

「ヒ」の母交(母音交替)[iu]を想定してアシフキ(葦葺き)としただけですぐに解ける。〈茅屋ども、葦葺ける廓めく屋などをかしうしつらひなしたり〉(源氏・須磨)とあるが、アシフキノヤ(葦葺きの屋)をヤマ(山)と言い続けて「山」の枕詞としたものであるが、いつしかアシヒキ(足引)に母交をとげたのであった。
 アツヒトノユ(猟人の弓)をユツキ(弓月)が岳と言い続け、ハルヒ(春日)のカス(霞)むカスガ(春日)と言い続け、鳥が鳴きアツマ(集)るアヅマ(東)と言い続けて、それぞれ枕詞が成立したのと同工異曲の造語法である(日本語の語源)。

平安時代のアクセントからは、「葦」と理解すべきとする説とも合致するではあるまいか。

参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:51| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする