2020年12月25日

白雪糕


「白雪糕(はくせつこう)」は、

白雪糖、
白雪羹、

ともいい、

落雁の一種、

軟落雁、

ともいう(日本大百科全書)。

精白した粳米〈うるちまい〉粉と糯米(もちごめ)粉を等分にあわせ、これに白砂糖と少量の水を加えて十分にもみ、木箱にふるい落として、ならしてから軽く押して3、4時間置いたのち、取り出して短冊(たんざく)形あるいは算木形に切る。本来はハスの実の粉末を入れた、

とある(仝上)。

白雪糕泣き止む寝々様(ねねさま)、

という諺や、

七人目白雪こうで育て上げ(柳多留)

という川柳があったように、「白雪糕」は、

砕いて湯にとかし、母乳の代用品、

とされた(江戸語大辞典・精選版日本国語大辞典)。

「糕」(コウ)は、

形声。「米」+音符「羔(コウ こひつじ)」、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B3%95。「糕」は、

餻(コウ)、

と同じで、

ケーキ。こなもち。穀物の粉を他の成分とまぜて蒸し固めた菓子、

の意である(仝上)が、

北宋以後、重陽節は菊花をめでる日ともなり、種類の飛躍的な増加とともに、菊の鉢を山や塔の形に陳列したり、展覧会が開かれたりした。また唐代以来、米の粉を蒸して作った菓子〈糕(こう)〉を食べる風習があり、重陽糕・花糕とも呼ばれ、互いに贈答しあった。現在、重陽節は菊花をめでることなどを除けば、ほとんどすたれている、

とある(世界大百科事)。本来のハスの実の粉末の代わりに、海藻に、さらにシソの葉の粉末にかえたものが宮城県塩竈市の「しおがま」であり、煎り玄米を混ぜたものが島根県松江市の「菜種の里」である。この菓子と並ぶ「山川(やまかわ)」は紅白だが、着色の場合は砂糖を染めて用いる。また白雪糕に少量の塩を入れ、餡を包んで型押しすると塩味まんじゅうとなる。さらに白雪糕を木型に押して乾燥させれば口あたりの堅い落雁となる、

ともある(仝上)。

「落雁」http://ppnetwork.seesaa.net/article/472919321.htmlで触れたように、落雁の製法には、

①すでに蒸して乾燥させた米(糒(ほしい、干飯))の粉を用い、これに水飴や砂糖を加えて練り型にはめた後、ホイロで乾燥させたもの、
②加熱していない米の粉を用いて、上記同様に水飴を加え成型し、セイロで蒸し上げた後、ホイロで乾燥させたもの、

二通りあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%BD%E9%9B%81が、

近松や西鶴の作品では魅力的な歌詞として登場するが、現在のものとはやや違い、『御前菓子秘伝抄』(1718)には、干飯を煎り、砂糖蜜で固めたものとあるので、いわゆる「おこし」に近かったものと思われる、

とある(日本語源大辞典)。「おこし」http://ppnetwork.seesaa.net/article/473245948.htmlについては触れた。

通常は、上記の①は落雁、②は白雪糕(白雪羹)(はくせつこう。関西地方では「はくせんこ」とも)と呼ばれるものである(仝上)。ただ、

加熱処理済の粉を砂糖で固めた日持ちのよい落雁が普及すると、熱処理していない米粉を成形して蒸す白雪糕(はくせきこう)が廃れ始めた。『和漢三才図絵』は、白雪糕といいながら、その実、落雁の製法と同じものがあることを指摘している。結局、本来の製法の白雪糕は消えてしまったが、名前だけは残り、現在でも西日本には落雁の類をハクセッコー、ハクセンコーと呼ぶ地方がある、

とある(日本語源大辞典)。「白雪糕」は、

色が白いところが特色であるから白雪と名づけられた、

もの(たべもの語源辞典)だが、

さんぎがし、

とも呼ぶのは、占いに用いる、

算木の形に似ている菓子、

だからである(仝上)。「落雁」の製法は、

明時代の中国における軟落甘に基づく。これは小麦粉・米粉を水飴や脂肪で練り固めて乾燥させた菓子で、西~中央アジアに由来するといわれ、元時代に中国に伝来した、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%BD%E9%9B%81、室町末期に、「軟落甘」の和製化したものであるが、「白雪糕」は、

元禄年間(1688~1704)に清の商人陳芝香が長崎の女性に唐菓子を教えてつくらせた口沙糖(こうさとう)が長崎名物になったが、これが先駆、

とされる(たべもの語源辞典)。

白雪糕.jpg

(新潟・大黒屋の白雪糕 https://www.icoro.com/200901112583より)

宝暦・明和(1751~72)ころ、名古屋、越後高田でつくられたものがあり、尾張名所図会には、

名産白雪糕、……興米(おこし)の一種、

とあり(大言海)、高田のものは、

精製された粉が細かいので口の中に入れると雪の如く消える、

ところから

越の雪、

と名づけられた、とある(たべもの語源辞典)。江戸には、安永年間(1772~81)に神田豊島町に米屋吉兵衛が、

仙錦糕(せんきんこう)、

と、唐菓子の原名そのままで売り出した、とある(仝上)。

良寛が、死の前年の文政13年(1830)、病に倒れ衰弱の激しい折、滋養に富む白雪糕を望み、

白雪羔少々御恵たまはりたく候 以上 十一月四日 菓子屋 三十郎殿 良寛、

と、出雲崎の菓子屋宛の手紙が残っているhttps://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/historical-personage/018/

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:48| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする