「どさまわり(回り)」は、
劇団などが地方まわりをすること、また常設の劇場をもたない地方回りの劇団の称、
の意と、
盛り場などを歩きまわるよたもの、
地回り、
の意とがある(広辞苑)。「地回(廻)り」は、
地回りの酒、
というように、
近くの土地から回送してくること、またその品物、
の意だが、そこから、
地廻商人、
地廻船、
というように、
その地方の近辺を巡回すること、
の意であり、たとえば、
江戸では、上方からもたらされた品物を「下り物」「下り荷」と呼んでいた。一方、江戸の近郊、関東各地から来た品物は「地廻り物」と呼ばれた、
とある(http://www.eonet.ne.jp/~shoyu/mametisiki/edo-reference17.html)。それが、
近郷を巡り歩いて商売すること、またその商人、
の意になり、
地廻の若者、
というように、
その土地に住み着いている、土地っ子、
をさし(大言海)、さらに、特に、
遊里や盛り場に住んでうろつきまわるならず者、
の意に転じた(広辞苑)。江戸期に確定したらしい最後の意味は、
地廻下駄組、
という、
下駄をはいた地廻りの一団を侠客などの集団名に擬していった語があるほどで、
吉原では用心棒として地廻りをかかえ、喧嘩などの際取鎮めに当たらせた娼家もあった、
とある(江戸語大辞典)。
「どさ」は、
どさぁの意、
(隠語)賭場に役人が踏み込むこと、手入れ、
の意の他に、
地方または田舎をさげすんで言う語、
の意がある(広辞苑)。「どさぁ」の意というのは、
奥州にて、他人の事柄を相手に話す時、「と云ふ」の意に使う語、
であり(大言海)、転じて、
奥州弁、
どさことば、
の意で使う(仝上)。だから、
東北人、
田舎者、
の意に転じ(江戸語大辞典)、「どさまわり」の語源に、
ドサァ言葉、つまり東北弁の土地へ行って行う芝居の意(演劇大百科事典・上方語源辞典=前田勇)、
とするのだが、如何であろうか。また、手入れの意の「どさ」から、
江戸時代の賭場言葉が芸能界に受け継がれ、博打で逮捕されて遠く佐渡へ贈られることをサドの倒語をもちいてドサといったところから(演劇大百科事典・上方語源辞典=前田勇)、
とする説もある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%B5%E5%9B%9E%E3%82%8A・日本語源広辞典)。
また、「どざ」に、
土座、
を当てて、
板敷でない地面のままのところ、
土間、
の意があり、そこから、
客席にも楽屋にも筵が敷いてあったから(演劇大百科事典)、
という語源説もある。
土砂降りになると休みになるような田舎芝居の意(仝上)、
ドサは土臭い意の土砂から(ことばの事典=日置昌一)、
も、趣旨は同じである(日本語源大辞典)。どれかと特定する識見があるわけではないが、
左は男桟敷右のかたは女中とさだめ土座はすゑすゑの万人自由に見るため」(浮世草子・「新可笑記(1688)」)、
ともあり、
のみにしらみにうきはまたぐら土さに唯しけるむしろもよしなしや(俳諧・寛永十三年「熱田万句(1636)」)
では、「どさ」と訓ませてもいる。江戸時代、
芝居小屋の「江戸三座」(中村座、森田座、市村座)は、町奉行所から歌舞伎興行を許された格式の高さを誇り、「大芝居」とも言った。一方、寺社の境内などで小屋掛け興行する一座は「宮芝居」、または「小芝居」と呼ばれ、大芝居とは格段の差があった、
とある(http://www.eonet.ne.jp/~shoyu/mametisiki/edo-reference16c.html)。寺社などの空き地を借りて小屋掛けするという意で、「土座」説に与したい気がする。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:どさまわり