「濁る」の「濁」(漢音タク、呉音ダク)は、
会意兼形声。蜀(ショク)は目の大きい桑虫を描いた象形文字で、くっついて離れない意を含む。觸(=触 くっつく)・屬(=属 くっつく)などと同系のことば。濁は「水+音符蜀」で、どろがくっついて、濁っている水のこと、黷(トク きたない)とも縁が近い、
とあり(漢字源)、「清」の対である。「溷濁」(こんだく)の「溷」(漢音コン、呉音ゴン)も、同じ意であり、
会意兼形声。圂(コン)は、「□印(かこい)+豕(ブタ)」の会意文字で、きたないブタ小屋のこと。転じて、便所をいう。溷はそれを音符とし、水を加えた字で、ごたまぜになった汚い汚水をさす、
とあるので、微妙に含意は異なる。
「にごる」は、
験(しるし)なき物を思はずば一坏(ひとつき)のにごれる酒を飲むべくあるらし(大伴旅人)、
とあるように、
澄む、
清む、
の対であり、
水などに汚れが混じる、
意であり、それをメタファに、
邪念を持つ、
とか、
潔白でない、
とか、
色・音声などが鮮明でなくなる、
とか、
濁音になる、
といった意味の広がりを持つ。
「にごる」の語源は、「泥」や「土」の塊りから見てか、
鈍(にぶ)り凝るの意(大言海)、
ニコル(煮凝)の義(名言通・和訓栞)、
ニは土、コルは凝るの義(和句解)、
ニゴ居るの義で、ニは土の義、ゴは染凝の義(国語本義)
ニコル(二凝)の義(和語私臆鈔)、
ニクハハル(土加)の義(言元梯)、
と、「土」や「凝る」と絡める説が多いが、どうも語呂合わせの感がしてならない。
たしかに、「土」は、
に、
と言い、
櫟井(いちひゐ)の丸邇坂(わにさ)のに(土)を端土(はつに)は膚赤らけみ、底土(しはに)は黒きゆゑ三栗のその中つ邇(ニ)を(古事記)
と、「に」と呼ぶ。しかし「に」は、
此の山のすなごを取りてに(丹)にあてき。因りて丹生(にふ)のさとといふ(豊後風土記)、
と、
丹、
とも当て、顔料にした、
朱色の土、
の意でもある(岩波古語辞典)。「に(土)」は、
土器の材料や顔料にする、
という意であり(仝上)、
特に赤色の土、また辰砂(しんしゃ)あるいは、赤色の顔料、
の意であり(日本語源大辞典)、だから「に(丹)」は、そこから、
赤い色、
という色の意ともなった。とすると、「に」は、ただの、
土、
の意でもあるが、
丹、
の意でもあった。「に」(丹)は、
アカニ(赤土)、
の意から出た(国語本義・大言海・日本語源=賀茂百樹)、とする説もある。とするなら、
ニ(丹・赤土)+凝る(日本語源広辞典)、
もあり得る。経験的に言うなら、顔に塗るために、「丹」を説いたときの感覚なのかもしれない。抽象度の高い「ことば」ではなく「具体物」から言葉が生まれている和語の傾向から見るなら、
丹+凝る、
が近い気がする。
「凝る」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/478167855.html)でふれたように、「こる」「こごる」「しこる」「こごゆ」はつながっている。当然、「こほり」(氷)とも関わるとみていい。「こる」の語源諸説をみると、その関係が見える。
コル(固)の義(言元梯)、
コはコ(濃)の義で、コム(込)のコに同じ(国語の語根とその分類=大島正健)、
コは所、学ぶ所や好む所に心が集中することをいうところから(国語本義)、
コホル(氷)の義(名言通)、
コオ(冱)に諧調のラ行音を添えた語コオリを活用した語コオルから(日本語原学=与謝野寛)、
カル(離)から(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
等々の中で、「こほり」との関係が注目される。抽象度の高い解釈よりは、具体物を表現したものの方が、和語にふさわしい。「こほる」は、
氷る、
凍る、
とあて、
平安仮名文では、コホリ・ツララは、水面に張り詰めた氷にいうことが多く、ヒ(氷)は固まりの氷に言うことが多い、
とある(岩波古語辞典)。「こほり」の語源諸説は、
水が凝り固まったものであるところからコル(凝)の転(滑稽雑誌所引和訓義解・類聚名物考)、
コゴリから(円珠庵雑記)、
コリヒ(凝氷)の義(和訓栞)、
ココリ(氷凝)の義(言元梯)、
コリヲレ(凝折)の転(柴門和語類集)、
コハリ(強)の義(名言通)、
等々と、どうやら「こる」「こごる」とつながる。
「こごる」の語源諸説をみると、
コイコル(凍凝)の義(大言海)、
コイコユ(凍凍)の義(和訓栞)、
語幹コゴは動詞クグム(屈・曲)のクグに由来する(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
コゴエ・コゴシと同根(岩波古語辞典)、
等々「こごゆ」との関係とつながる。「こごゆ」の語源諸説を見ると、
コイコユ(凍凍)と重ねて意を強めた語で上二段活用が下二段活用に変化した語(大言海)、
コゴユルは古くコイといい、コホリイル(氷入)の義(名言通)、
等々、「こい」「こゆ」とつながる。「こい」は、
寒い、
凍い、
と当て、
凍える、
意であり(岩波古語辞典)、「こゆ」は、
此語(下二段)活用は違えど「凝る」(四段)と通ず、
とあり、「こる(凝)」へと戻ってくる。ちなみに「しこる」は、
シ(接頭語)+コル(凝る)、
のようである(日本語源広辞典)。
こう見てくると、抽象的な言葉より、具体的な指示に基づいた言葉の方が古いのだとすると、
こる→こゆ(氷)→こほる、
よりは、具体的な「凍る」のを見て、
こゆ→こほる→こる、
という変化なのではないか、という気がする。すくなくとも、「凝る」は、
凍ゆ(凍える)、
あるいは、
氷る(氷る)、
とつながり、それが語源のように思われる。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:濁る