2021年02月11日


「松」は、

枩、

とも書く(漢字源)。「松」(漢音ショウ、呉音シュ)は、

会意兼形声。「木+音符公(つつぬけ)」。葉が細くて、葉の間が透けて通るまつ、

とある(仝上)。ついでながら、「公」(漢音コウ、呉音ク)は、

会意。「八印(開く)+口」で、入り口を開いて公開すること。個別に細分して隠さず大っぴらに筒抜けにして見せる意を含む、

とあり(仝上)、

「背私謂之公(私ニ背クヲ公ト謂フ)」(韓非子)とあるように、私(細かく分けて取り込む)と公とは反対の言葉、

ともある(仝上)。

松.jpg


和語「まつ」の語源は、

一説に、神がその木に天降ることをマツ(待つ)意、

と、

また一説に、葉が二股に分かれるところからマタ(股)の意、

とする二説がある(広辞苑)。後者については、

二葉一蔕をマタバ(股葉)とよんでいたのがマツバ(松葉)・マツ(松)になった(日本語の語源)、
葉が二股に分かれているところから、マタの転か(ニッポン語の散歩=石黒修)、

があるが、前者については、

常緑樹なので、長寿、慶賀を表す木とされてきました。日本人は人知を超える願いごとには、何事につけても、神の助けを求めました。地上にお降り下さった神の力で、願いごとの実現を祈りました。田植え、雨乞い、工事など、現代でも神に祈ります。さて、神の降りていらっしゃるところは、清浄な場所であり、そこに生えている木が、不思議に常緑の針葉樹でしたので、その木を「神を待つ木」と呼んだのです。正常な砂浜などに、天人、天女の伝説などが、各地に残り、松原、松の木、松並木などがあり、しめ縄がはられています(日本語源広辞典)、
神を待つ意(ニッポン語の散歩=石黒修)、

とする説のほか、「待つ」と絡めて、

行く末を待つ意(円珠庵雑記)、
後の葉の生ずるのを待って前の葉が落ちるところから、待つの義(九桂草堂随筆)、
万年の齢をもち、常盤の色を堅固に保つところから、マツの義(柴門和語類集)、

等々もある。さらに、

「神を祀る木」ということから、「まつる木」から 「まつ」になった、

とする説https://mobility-8074.at.webry.info/201703/article_6.htmlも、

常緑であるところからマトノキ(真常木)の義、

とする説(円珠庵雑記)も、類種である。

確かに、常に葉の色を変えないことを、

常に変わらぬ磐に見立てて、

常磐(とこいわ)、

転じて、

常盤(ときわ)、

といい(広辞苑・大言海)、「松」は、杉とともに、

常盤(ときわ)木、

といわれる、

樹齢の長い常緑樹であり、古くから不変、長寿の象徴として神聖視され、一夜松、逆さ松、腰掛け松、天狗松、衣掛け松など各地に松の伝説が多いのは、松に神霊を迎えた民間信仰に基づくものである、

とあり(日本昔話事典)、

東アジア圏では、冬でも青々とした葉を付ける松は不老長寿の象徴とされ、同じく冬でも青い竹、冬に花を咲かせる梅と合わせて中国では「歳寒三友」、日本では「松竹梅」と呼ばれおめでたい樹とされる。また、魔除けや神が降りてくる樹としても珍重、

されhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84、たとえば、奈良・春日大社の、

影向(ようごう)の松、

で(春日の老松は枯死し後継樹が植えられている)、

影向とは、神仏が一時的に姿を現すこと、

とされhttp://www.cerasasiki.jp/bunkasi-matsu.pdf

春日大明神が翁の姿で降臨され、万歳楽を舞われた地とされる。教訓抄によると、松は特に芸能の神の依代(よりしろ)であり、この影向の松は能舞台の鏡板に描かれている老松の絵のルーツとされている、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%B1%E5%90%91%E3%81%AE%E6%9D%BE_(%E6%98%A5%E6%97%A5%E5%A4%A7%E7%A4%BE)

影向のマツ.jpg


また「門松」には、「年神」で触れたようにhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/479304962.html、かつて、

木のこずえに神が宿ると考えられていたことから、年神を家に迎え入れるための依り代、

としての意味が強い。こう考えると、「待つ」に傾きたくなるが、「待つ」説は、意外と少数派なのである。

他の一つは、常緑樹の「松」から、「保つ」と絡めた説、

松の緑が長く「保つ」の、マツ→モツの音韻変化(日本語源広辞典)、
久しくよわい(齢)を保つところから、タモツの略転(日本釈名)、
久しきを保つところから、モツの義(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、

等々もあるし、

葉がまつげに似ているから(和句解)、
葉が幹にまつわりつくから(古今要覧稿)、
マはマコトの声母、ツはツヅマルの義(日本声母伝)、

等々もあるが、「松」の神聖視からみると、「依代」とする説に傾くが、これは、後の民間伝承から意味づけられたのかもしれない。しかし、そもそも「松」信仰そのものも、中国由来で、古代中国では、

社稷の社に土地の神と穀物の神を祀りましたが、その場に植える木としてはマツが第一のものとされていました。それ以前から松柏(マツとカシワ)は百木の長とされていたのです。それが伝わってきて、日本の神信仰にも影響をあたえたといわれています、

とあるhttp://www.cerasasiki.jp/bunkasi-matsu.pdf。「依代」の「待つ」とは限らないが、「まつ」が、信仰とつながっていること自体は確かのようである。

ところで、「松」は、

五大夫(ごたいふ)、

とも言うが、これは「史記」秦始皇本紀に、

始皇東行郡県……上泰山、立石封祠祀、下風雨暴至、休於樹下、因封其樹、為五大夫、

とあり、雨宿りした松の木に五大夫の位を授けたという故事からきている(精選版日本国語大辞典)。このため、「大夫」を、

松の位、

といい、「大夫」を、日本では、

太夫(たゆう)、

とも表記したため、これが、遊女の最高位、

太夫(たゆう)、

を指すようになったhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84。因みに、慶事・吉祥のシンボル、

松竹梅、

も、中国由来で、

歳寒三友、

が伝わったもの。「歳寒三友(さいかんのさんゆう)」は、

宋代より始まった、中国の文人画で好まれる画題のひとつであり、具体的には松・竹・梅の三つをさす。三つ一緒に描かれることも多いが、単体でも好んで描かれる。日本では「松竹梅(しょうちくばい)」と呼ばれる。
松と竹は寒中にも色褪せず、また梅は寒中に花開く。これらは「清廉潔白・節操」という、文人の理想を表現したものと認識された。日本に伝わったのは平安時代であり、江戸時代以降に民間でも流行するが、「松竹梅」といえば「目出度い」ことの象徴と考えられており、本来の、中国の認識とは大きく異なっている、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B3%E5%AF%92%E4%B8%89%E5%8F%8Bとすると、古くある「松」への信仰とが絡み合って、「松竹梅」を縁起物と見做したのかもしれない。

松竹梅が吉兆の象徴とされるようになったのは、松が常緑で不老長寿に繋がるとして平安時代から、竹は室町時代から、冬に花を咲かせる梅は江戸時代から、

とある(語源由来辞典)。

『歳寒三友図』.jpg

(趙孟堅『歳寒三友図』(13世紀) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B3%E5%AF%92%E4%B8%89%E5%8F%8Bより)

参考文献;
稲田浩二他編『日本昔話事典』(弘文堂)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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