「おふくろ」は、
御袋、
とあてる(広辞苑・大言海・岩波古語辞典)。
母親を親しんで呼ぶ語、
である。由来は、諸説あり、
昔は、金銭、衣類、器什、すべて袋に入れたり、外出にも、従者に持たする物、皆袋に入る、母は家政を取り、袋の出し入れの締めくくりをすれば、時世の詞にて称したるなり(大言海)、
かやうに家の御袋とならむ人は、物の締めくくりをよくしはべる故に、家の内の人、お袋様と申しはべる也(俗語考)、
今は借り盡し貰ひ盡して、お袋の袋の内も空しくなりにけり(負博奕)、
と、「袋」に絡める説が多い。一理あるとは思うが、理屈ばっているのが気になる。他にも、
袋の中の物を探りとるような安産を祝って名づけられたるものか(嬉遊笑覧)、
家計の袋(日本語源広辞典)、
オ+袋、ふくれるものが袋の語源ですから、家の繁栄のために子袋に子宝を宿して身を膨らませて産んでくださった御方の意(日本語源広辞典)、
等々「袋」由来とする説は多い。その他に「ふところ」と絡めて、
オ(御)フトコロの義(貞丈雑記)、
母は子供をふところに包み懐くところから(日本語源=賀茂百樹)、
というのもある。しかし、
「観智院本名義抄」に、「胞 胎衣也、はらむ フクロ」とあり、フクロが子宮、胞衣を指す例が見える、
とあり(日本語源大辞典)、
母の胎内で胞衣をかぶり包まれ、あたかも袋に入れた状態であるところから(後宮名目抄)、
フクロが子宮を指すところから(江戸東京語=杉本つとむ)、
という説は捨てがたい。前出の、
袋の中の物を探りとるような安産を祝って名づけられたるものか(嬉遊笑覧)、
オ+袋、ふくれるものが袋の語源ですから、家の繁栄のために子袋に子宝を宿して身を膨らませて産んでくださった御方の意(日本語源広辞典)、
とする説も、「胞衣」絡めると見え方が変わる。
室町末期の日葡辞書には、
Fucuro(ふくろ)、
の項で、
普通はヲフクロと言い、これは女性たちの間でもまた他の人々(男性)の間でももちいる、
とあるので、「胞衣」説が妥当とする(日本語源大辞典)が、「袋」とも「胞衣」とも決めがたい。
「おふくろ」は、敬称の意で、たとえば、
本日室町殿姫君御誕生也、御袋は大館兵庫頭妹也(享徳四年(1455)「康富記」)
というように、
高貴な対象にも使用したが、徐々に待遇価値が下がり、近世後期江戸語では、中流以下による自他の母親の称となった、
とあり(日本語源大辞典・江戸語大辞典)、
おやじの対、
として(江戸語大辞典)、
おやじよりやァおふくろがやかましくって成りやせん(安永四年(1775)「甲駅新話」)、
と使われるに至る。
母親の意では、他に、
かか、
という呼び方がある。これは、
ととの対、
で、
小児語、母を親しんで言う語、
であり(岩波古語辞典)、
可愛しの首肯を重ねたる小児語、
とあり(大言海)、「可愛(かはゆ)し」が、
愍然の意より可愛いの意に移せるは、室町時代なり、
とする(仝上)。「かか」は、
母、
嚊、
嬶、
と当てる。「かか」の転訛で、
かかあ、
おっかあ、
おっかさん、
おっかちゃん、
ともいうが、
自分の妻に対しても使う(仝上)のは、
子が母をカカと呼ぶを父が、口真似して云ひしより移れる、
とある(大言海)のは、妻が「おとうさん」と夫を呼ぶのに類似している。
「かか」は、「とと」が、「おやじ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/480008165.html?1613160043)で触れたように、武家や中流以上の商家で、
おととさん、
おととさま、
といったように、
おかかさん、
おかかさま、
といい、
御母様、
と当てる(江戸語大辞典)。庶民では、
おとっつぁん、
おっかさん、
の対になる。今日の「おかあさん」は、「かか」とつながり、
元来は小児語、
で、
おかかさんの転訛、
とある(江戸語大辞典)。
おとっつぁんの対、
になる。「おかあさん」は、
江戸時代に上方の中流階級以上の家庭の子女で使われ始め、明治36年(1903年)に尋常小学校の国定教科書に採用され急速に広まった。それ以前の江戸・東京では「おっかさん」が多かった、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E6%AF%8D%E3%81%95%E3%82%93・広辞苑)、「おとうさん」の普及の仕方と同一である。
ところで、「かか」を幼児語とみるのは、「とと」との関連で妥当に見えるが、
幼児語カカは疑問、
とする異説があり(日本語源広辞典)、「おかあさん」も、
御方(おかた)+様、
とし、「おっかさん」は、
大方様が語源、
であり、
カカサマ、カアチャン、カアサン、キカア、カカ、オカカは、方様が、
とする(仝上)。
オカタの小児語(綜合日本釈名民俗語彙)、
はそれだし、
カミ(上)のカを重ねた語(懐橘談)、
も似た発想になる(日本語源大辞典)。これについては、
カミサマのカを重ねた語とする説は、近世初期の儒者・黒沢石斎が「懐橘談」で唱えたのが古いが、その後、江戸中期の伊勢貞丈の「安斎随筆」で否定されてからはほとんど顧みられなかった。しかし、近年になって、カミサマ出自の女房詞カモジの存在などから、カミサマとカカの関係を見直す考えもある、
と説いている(日本語源大辞典)。しかし、「とと」と「かか」は対なのではないか、と思うので、「かか」のみ「カミ」「カタ」とつなげるのはどうなのだろう。
(喜多川歌麿「夢にうなされる子どもと母」 https://www.kumon-ukiyoe.jp/index.php?main_page=product_info&cPath=23_24&products_id=407より)
なお「はは」については、項を改める。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95