2021年02月18日

おやま


「女形」http://ppnetwork.seesaa.net/article/430104540.htmlについては触れたことがある。「おやま」は、

女形、

と当て、

仮名遣いでは、

をやま、

とも表記した(広辞苑)。また、「おやま」は、

お山、
於山、

とも当て、

女形人形の略、またはその人形遣い手、
歌舞伎で、女の役をする男役者、おんな形、またはその略、
(上方語)色茶屋の娼妓、後に遊女の総称、
美女、または女、

といった意味がある(広辞苑)。幕末の『守貞謾稿』には、「於山」について、

江戸にて芝居の女形を於山とも云也、一座中の女形の上品をたておやまと云也、立於山也、

とあり、さらに、

妓品の名目に非ず、京阪の俗は、太夫、天神の二妓を除きて、その他は官許非官許の賣女ともに、遊女の惣名をおやまと云也、

とある(大言海)。で、江戸後期の『嬉遊笑覧』には、

小山次郎三郎といふもの女の人形をよくつかふ。遊女傾城の類をおやまといふにより是をおやま人形といふといへり。紛らわしき書やうなり。思ふに上かたにて遊女をおやまといふによりとなへしならむ、

とある(日本語源大辞典)。つまり、

上方には人形遣いや歌舞伎に先立ってもともと遊女を意味する「おやま」という語があった、

と考えられる(仝上)。その由来は、

遊女は眉墨を山の形につけたから(嬉遊笑覧・和訓栞)、
遊女を指す「やましゅう」(山衆・山州)に、接頭語「お」をつけて「しゅう」を略した(物類称呼)、

等々があるが、「おやま」を「遊女」の意で使ったのは上方のみであり、『守貞謾稿』と同様、江戸中期の『物類称呼』も、

江戸にてはをやまと云名は戯場(しばい)のみ有、

としている。ちなみに、歌舞伎では、

貞享元年(1684)刊の役者評判記「野良三座詫」に、二代目伊藤小太夫が他の女形と区別して「おやま」と称されているのが最初、

とある(日本語源大辞典)。なお、「女形人形」(おやまにんぎょう)とは、

承応年間(1652~1655)、人形遣いの小山次郎三郎が江戸の操り人形芝居で巧みに使った遊女の人形、また女形の人形、おやま、

の意で、このため「おやま」の語源を、

小山次郎三郎が巧みに使った女の人形を「小山人形」といい、その後、女の人形を使う人形遣いを「おやま……」というようになり、それが歌舞伎の世界に移って「女形(おんながた)」のことを「おやま」というようになって、美女や遊女の称に用いるようになった、

とする説があるのである。しかし、上記の「おやま」の上方での由来を見ると、

遊女を指す「おやま」→小山(おやま)人形→女形(おやま)、

と真逆の変遷とみるべきなのかもしれない。

なお、今日東京都の無形文化財 に指定された「江戸糸あやつり人形」というのがあるが、これは、

江戸時代の寛永12年(1635年)に初代結城孫三郎が創設以来、現在12代目結城孫 三郎まで380年以上の歴史があります、

とあり、「小山人形」とのつながりはないが、面影を推測はできる。

伽羅先代萩.jpg

(江戸糸あやつり人形「伽羅先代萩」 http://www.tokyo-tradition.jp/archive/15/program/p01_03.htmlより)

「女形」を、

おんながた、

と訓むと、

女方、

とも当て(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%BD%A2・江戸語大辞典)、

演劇で、女役に扮する男の役者、またその役柄、

という意味で、

おんなやく、

とも言い、

おとこがた、

がその対で、

男形、
男方、

と当てる。いわゆる、

立役(たちやく)、

とも言うが、ただ、「立役」は、

もとは座っている地方(じかた)・囃子方に対して、立って舞う立方(たちかた)すなわち俳優全体の意であったが、後には女形以外の男役の総称となり、さらに老役(ふけやく)・敵役(かたきやく)・道外方(どうけかた)以外の男役の善人の役を言うようになった、

と少し意味を変えているが(広辞苑)。

「おとこがた」「おんながた」の、「がた」は、

接尾語で、ガタと濁る、

とあり、

~役、

という意味になる(岩波古語辞典)。囃子方などと同じとある。だから、

ガタは「方」つまり、能におけるシテ方、ワキ方などと同様、職掌、職責、職分の意を持つものであるから、原義からすれば「女方」との表記がふさわしい。歌舞伎では通常「おんながた」と読み、立女形(たておやま)、若女形(わかおやま)のような特殊な連語の場合にのみ「おやま」とする、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%BD%A2、ここでも、

「おやま」は一説には女郎、花魁の古名であるともされ、歌舞伎女形の最高の役は花魁であることから、これが転用されたとも考えられる、

とある(仝上)。

これは、「女形」http://ppnetwork.seesaa.net/article/430104540.htmlで触れたように、小谷野敦氏が、遊女の由来から、女形の呼び方について、

「遊女」というのは平安朝以来の名称で、むしろ中世の、江口・神崎で、水辺に棲んで舟に乗り、淀川を下ってくる男たちに声をかけるのが遊女、地上を旅して春を鬻ぐのを傀儡女(くぐつめ)、男装したものを白拍子などといった。中世には前の二つはあわせて遊女とされ、遊女の宿といったものが宿駅に出来たりしたし、京の街中には、地獄などと呼ばれる遊女宿があり、遊君(ゆうくん)、辻君(つじきみ)、厨子君(ずしきみ)といった娼婦が現れた。…近世以来、上方では娼婦を「おやま」と呼んだ、

とし、

歌舞伎の女形が「おやま」と言われるのは、人形浄瑠璃で、遊女の人形を「おやま人形」と呼んだことから来ている。だから、女形の人は、「おやま」と言われるのを嫌い、「おんながた」としてもらうことが多い、

とするのとも重なる。「女形」を、

おんながた、

と呼ばせる謂れはここにあるらしい。『大言海』が、「をやま」の項で、

歌舞伎の女形(おんながた)の称、その大立者(おおだてもの)なるを立をやま、少女なるを、わかをやまと云ふ、

と、「おんながた」と「をやま」を区別しているのは、この由来のようである。

坂東善次の鷲塚官太夫妻小笹と岩井喜代太郎の鷺坂左内妻藤波.jpg

(坂東善次の鷲塚官太夫妻小笹と岩井喜代太郎の鷺坂左内妻藤波(東洲斎写楽) https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/sharaku023/より)

参考文献;
小谷野敦『日本恋愛思想史~記紀万葉から現代まで』 (中公新書)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:05| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする