「しく」は、
及ぶものはない、
の意で、
如くは無し、
と使い、また、
百聞は一見に如かず、
の「しか」は至り及ぶ意の「しく」の未然形に打消しの助動詞ズをつけて、
(それに比べて)及ばない、
(それに)まさるものはない、
の意で使う(岩波古語辞典)。「しく」は、
如く、
と当てる。「如く」を、
ごとく、
と訓む「ごとし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/480100196.html?1613678333)は触れた。そこで触れたことと重なるが、「如」(漢音ジョ、呉音ニョ)は、
会意兼形声。「口+音符女」。もと、しなやかにいう、柔和に従うの意。ただし、一般には若とともに、近くもなく、遠くもない物を指す指示詞に当てる。「A是B」とは、AはとりもなおさずBだの意で、近称の是を用い、「A如B」(AはほぼBに同じ、似ている)という不則不離の意を示すには中称の如を用いる。仮定の条件を指示する「如(もし)」も現場にないものを指す働きの一用法である、
とある(漢字源)。「人世如朝露」というように、「~のようだ」の意で使うが、「若」と同じく、「如有復我者(もし我を復する者有らば)」のように「もし」の意でも使うし、A如B(AもしくはB)の形でも用いる(仝上)。
「如」については、
会意形声。「口」+音符「女」。「女」は「若」「弱」に共通した「しなやかな」の意を有し、いうことに柔和に従う(ごとし)の意を生じた。一説に、「口(神器)」+音符「女」、で神託を得る巫女(「若」も同源)を意味し、神託に従う(ごとし)の意を生じた、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A6%82)、
会意兼形声文字です(女+口)。「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形(「従順な女性」の意味)と「口」の象形(「神に祈る」の意味)から、「神に祈って従順になる」を意味する「如」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji1519.html)あるので、旁の「女」には、「神託を得る巫女」の意があるものとみてよさそうである。
(甲骨文字(殷)「如」 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A6%82より)
しかし、「しく」は、
及く、
若く、
とも当てる。
(甲骨文字(殷)「若」 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8B%A5より)
「若」(漢音ジャク・ジャ、呉音ニャク・ニャ)は、
象形。しなやかな髪の毛をとく、からだの柔らかい女性の姿を描いたもの。のち、草冠のように変形し、また口印をくわえて若の字になった。しなやか、柔らかく従う、遠回しに柔らかく指を指す、などの意を表す。のち、汝(ジョ)、如(ジョ)とともに、「なんじ」「それ」をさす中称の指示詞に当てて用い、助詞や接続詞に転用された、
とある(漢字源)が、
象形。手を挙げて祈る巫女を象る物であり、「艸」(草)とは関係ない。髪をとく、体の柔らかい女性を象る(藤堂)。手や髪の部分が、草冠のように変形した。後に「口」を添え、「神託」の意を強くした(藤堂)、又は、神器を添えたものとも(白川)。神託から、「かく」「ごとし」の意が生じる。「わかい」巫女が祈ることから、「わかい」の意を生じたものか。音は、「女」(本当?)「如」「弱」「茹」等と同系で、「やわらかい」の意を含む。また音を借り、中称の代名詞、助詞や接続詞に用いられた、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8B%A5)、「若」の由来がよくわかる。「如」と似た使い方をされ、「A若B」で、AもしくはB、AまたはBの意や、若是と、かくのごとしのように、「ごとし」の意で使われる。ために、「しく」に当てたものと思われる。
「及」(漢音キュウ、呉音ゴウ)は、
会意。「人+手」で、逃げる人の背に追う人の手が届いたさまを示す。その場、その時にちょうど届くの意を含む、
とあり(仝上)、「如」「若」とは異なり、AとBと事物を列挙する意を表す。むしろ後述の通り、「しく」の意から、「及」を当てたと見える。「如」の項で、
奈良時代の日本語で、「及ぶ、届く」の意、「不如(しかず)」(~に及ばない)、「莫如(しくなし・しくはなし)」(其れに及ぶものはない)、「不如学也(学ぶに如かず)」
とある(仝上)のは、その意味と受け止めた。
(甲骨文字(殷)「及」 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%8Aより)
和語「しく」は、まさに、「及」の意で、
距離を隔てたものの後を追って対等に並ぶ意(広辞苑)、
追って行って、先行するものに追いつく意(岩波古語辞典)、
とあり、
追いつく、
及ぶ、肩を並べる、
匹敵する、
意味である。
シク(敷・頻)と同根、
とある(岩波古語辞典)。「しく」(敷・領)は、
一面に物や力を広げて限度まで一杯にする、すみずみまで力を及ぼす意、シク(及・頻)と同根、
とあり、
曲廬(まげいほ)の内に直土(ひたつち)に藁解き敷き父母は枕の方(かた)に妻子(めこ)どもは足(あし)の方(かた)に囲み居て憂へ吟(さまよ)ひ(貧窮問答歌)
と、
物を平らに延べ広げて隅まで一杯にする、
意だが、「しく」に「領」を当てると、
すめろぎの神の命(みこと)の敷きいます国のことごと湯はしもさわにあれども(万葉集)、
と、
辺り一面に隅々まで力を及ぼす、一帯を治める、
意となり、「しく」に「頻」「茂」を当てると、
シク(敷・及)と同根、
で、
住吉の岸の浦廻(うらみ)にしく波のしくしく妹(いも)を見むよしもがも(万葉集)、
というように、
痕から後から追いついて前のものに重なる、
意で使われる。「しくしく」は、
及く及く、
で、
波が寄せてくるように後から後から絶えないで、
という意味で、要は、
絶え間なく、
の意である。「しくしく」と「しく(頻)」とつながる言葉と思われる。こうみると、「しく」(及)と「しく」(頻)とは、
痕から追いつく、
という含意で、ほぼ意味が重なる。とすると、「しく」は、
物を平らに延べ敷く、
あるいは、
力が目一杯広がった、
結果、
追いついた、という意味に、意味の外延が広がった、と見ることができるのではないか。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95