2021年03月05日

刀自



「刀自」は、

とじ、

と訓ませる。「おも」http://ppnetwork.seesaa.net/article/480055678.html?1613419123で触れたように、「母刀自」は、

おもとじ、
とも、
ははとじ、

とも訓ませる。「とじ」は、

トヌシ(戸主)の約、戸口を支配する者の意、家公(いへきみ)の対、

とあり(岩波古語辞典)、

「刀自」は万葉仮名、

とある(広辞苑)。

一家の主婦、老若に関わらない、

意である。

「家長」は男ですから、「刀自」は女、つまり、「一家の主婦」なのですが、奈良時代には「一族の女主人的な立場の人」でもありました、

ということらしいhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312892348が、

古代の后妃(こうひ)の称号の一つである夫人(ぶにん)も和訓はオホトジである。……7~8世紀の石碑・墓誌に豪族層女性の尊称としてみえ、……さまざまなレベルの人間集団を統率する女性が原義か。族刀自的なものから家刀自へと推移するが、古代には里刀自や寺刀自もいて、後世のような主婦的存在に限られない、

とある(日本大百科全書)のが分りやすい。万葉集に、

真木柱(まけはしら)頌めて造れる殿のごといませ母刀自(ははとじ)面(おめ)変りせず(坂田部首麻呂)、

とある。この意が転じて、

女性に対する敬称(岩波古語辞典)、
あるいは
主に年輩の女性を敬意を添えて呼ぶ語(広辞苑)、

として、

青海夫人(おおとじ)(欽明紀)、

と、名前の下につけて用いる、とある。更に、

御膳宿(おものやどり)の刀自を呼びいでたるに(紫式部日記)、

のように、

禁中の御厨子所(みずしどころ)、台盤所(だいばんどころ)、内侍所(ないしどころ)に奉仕した(事務・雑務に従う)女房、

の意でも使う(仝上)。

能面 姥.jpg

(能面「姥」 http://sakurai.o.oo7.jp/men.uba.htmより)

「刀自」の語源は、岩波古語辞典が、

tonusi→tonsi→tonzi→tozi、

というの転訛を示したように、

トヌシ(戸主)の義で、家をつかさどる者の意(万葉考別記・萍(うきくさ)の跡・俚言集覧・八重山古謡=宮良当壮・日本語源広辞典・広辞苑)、

と多数派である。大言海も、

戸主(とぬし)の義か。ジは宮主(みやじ)・群主(むらじ)・主(あるじ)などと同趣。叉、古書に負と書けるは、白水郎(あま)を泉郎と書けると同趣にて、倭名抄の誤を承けたり、

とする。確かに、和名抄に、

負、度之、劉向、列女列伝云、古語老母為負、今案和名度之俗用刀自二字者訛、

と「刀自」を誤用とし、さらに、「刀自」を老女に言うについて、

謂老女為召(度之)、字従目也、今訛以貝為自歟、

とする。和名抄がこう書くには理由がある。「刀自(トウジ)」は漢語であり、

老母の称、

とある(字源)。そして、

婦、即ち「女篇+負」の古字たる負の字を誤りて二分し、さらに転訛せしものか(書言字考)、

とある(仝上)。つまり、

負→刀+貝→刀+自、

と転訛したのであり、和名抄は、「負」を「刀」と「貝」に二分したのが、劉向・列女伝であること、それがさらに転訛して「刀」と「自」になったことを承知していたのである。我国では、それを、

主婦、また年たけたる夫人の称、

の意味で使う(字源)。つまり和語「とじ」に当てたのである。今日では、「負」(慣習フ、漢音フウ、呉音ブ)の由来にも、

会意。「人+貝(財貨)」で、人が財貨を背負うことを示す、

とあり、「負」は、「おう」とか「せおう」「せをむける」といった意であり、「婦」の含意は丸きりないが、

老母の称、

の意は、確かに辞書に載る(漢字源)。

つまり、「負」は「婦」の古字であった。それが、誤って、「刀」と「自」に分けたとき、

刀+自なのに刀+貝とした、

とまで言っているのだから、和名抄は、漢語「刀自」の由来を弁えていたのである。この来歴から考えると、

刀自、

を、意味のずれを承知の上で、和語「とじ」に当てたと見える。あるいは、本来、「とじ」は、

老母、

を指していたのかもしれない。そう見てくると、

トジ(戸知)の義(話の大事典=日置昌一)、
トジ(杜氏)の転。女性が酒を管理したことから(明治大正史=柳田国男・たべもの語源抄=坂部甲次郎)、
トは富、ジはアルジ・ヂ(主)の意で女性への敬称(仙覚抄・日本古語大辞典=松岡静雄)、
トドマリテ、シマリをすべき人の意(本朝辞源=宇田甘冥)、

等々の諸説は、採りがたい。

「負」(慣用フ、漢音フウ、呉音ブ)は、

会意。「人+貝(財貨)」で、人が財貨を背負うことを示す、

とあり、「おう」とか「せおう」「せをむける」といった意であり、「婦」の含意はない。

「刀自」の「刀」(漢音トウ、呉音ト・トウ)は、刀そのものを描いた象形文字(漢字源)。

金文 刀.png

(金文(殷) 「刀」 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%80より)

「婦」(慣用フ、漢音フウ、呉音ブ)は、

会意。「女+帚(ほうきをもつさま)」で、掃除などの家庭の仕事をして、主人にぴったり寄り添う嫁や妻のこと、

とある(漢字源)。

甲骨文字 婦.png

(甲骨文字(殷) 「婦」 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A9%A6より)

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:59| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする