「のべつまくなし」は、
のべつ幕なし、
と当てるが、
芝居で、幕を引かず、休みなく引き続いて演ずること、
の意(広辞苑)で、
幕を引かず(つまり休みなく)続けざまに演じられる長丁場の芝居を指す、
とある(http://ohanashi.edo-jidai.com/kabuki/html/ess/ess004.html)。そこから転じて、
ひっきりなしに続くさま、
の意で使う(広辞苑)。この「のべつまくなし」を、
のべつくまなし、
と使う人が、「のべつまくなし」(32.8%)に対して、42.8%もいるという(文化庁の平成23年度「国語に関する世論調査」)。「くまなし」は、
隈無し、
と当て、
隠れるところ(隈)がない、
という意味なので、少し意味が変わる。ま、言葉は生きものなので、いずれ、
のべつくまなし、
が、
のべつまくなし、
と重なって行くのかもしれないが。
「のべつ」は、
絶え間ないこと、
ひっきりなし、
という意味で、
のべたら、
のべたん、
等々とも言う。「のべ」は、
延べ、
と当て、
延べること、
のべたもの、
の意だが、ここから、
延べ百人、
等々と使う、
同一のものが何回もふくまれていても、それぞれを一単位として数えた総計、
の意で、今日使う。「のべ」には、
延紙の略、
もあり、
小形(縦七寸、横九寸ほど)の小型の鼻紙、中世の公家の懐中紙で吉野ののべ紙に由来する、
とある(広辞苑)が、
杉原紙(すぎはらがみ、すいばらがみ)、
ともある(江戸語大辞典)。また、「のべ」には、
延打(のべうち)の略、
の意もあり、これは、
金属を鍛えて平らに打ち延べつくること、
を意味し(広辞苑)、特に、
延打煙管、
というように、
羅宇(キセルの火皿と吸い口とをつなぐ竹の管)を用いず、全部金属で製した煙管、
の意である。
延棹、
というのも、
継棹でない三味線の棹、
を指す(江戸語大辞典)。「杉原紙」は、
楮を原料として製した、奉書に似て薄く柔らかな紙。平安時代から播磨の杉原谷で製し、中世に多く流通した、
とある(広辞苑)。
米粉を添加し、凹凸(皺)のない和紙、
で(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E7%B4%99)。とくに武士や僧侶の間で慶弔用,贈答用,目録用,錦絵用などに広く使用された。小判の小杉原は男子用の高級懐紙として好まれた(百科事典マイペディア)が、江戸中期には庶民も使うほどに普及し、需要を賄うため各地で様々な「杉原紙」が生産されるようになった、という。縦約二一センチメートル、横約二七センチメートルと小さなものなので、ほぼ広げたまま懐紙にする。半紙というものは、
杉原紙の寸延判を全紙としてこれを半分にした寸法の紙、
をさし(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%8A%E7%B4%99)、延紙(延べ紙)を半分にした寸法の紙と定義される。「延紙」の「のべ」は、その意味ではないか、と想像する。
こう考えると、「のべつまくなし」の「のべつ」を、
「のべつ」は「述べる」の「述べ」に助動詞の「つ」が付いた語、
という説(語源由来辞典)は、あり得ない。むしろ、
延べ+ツ+幕+無し(日本語源広辞典)、
ノベ(延べ)に助動詞ツをつけたもの、マクナシは芝居用語で幕を引くことなしに場面を連続すること(上方語源辞典=前田勇)、
とし、
ツは継続・反復だから、「延ばし続けて膜を下ろさない」意の芝居用語で、庶民の作った言葉、
とする(日本語源広辞典)ほうがまともだろう。語感からいえば、
同義語ノベツ・マクナシを重ねた強調語、
というのが正確な気がする(上方語源辞典=前田勇)。
「幕」といえば、この場合、
定式幕(じょうしきまく)、
という、
引幕、
を指す。
幕を引く人が手動で左右に開け閉めする、
ので、引幕というらしい(https://www.kabuki-za.co.jp/sya/vol110.html)。これは、
狂言幕、
といい(仝上)、
三色に染めた布を縦に縫い合わせて作った引幕、
で、
おもに歌舞伎の舞台で使われる。歌舞伎の舞台では演目や場面によって様々の幕が使われるが、定式幕は芝居の幕開きと終幕に使われる。「定式」とは「常に使われるもの」といった意味である、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E5%BC%8F%E5%B9%95)。江戸時代には下手から上手に引いて閉じていたらしい(仝上)。江戸時代、芝居小屋における引幕は、
いわゆる『江戸三座』(中村座・市村座・森田座)と呼ばれる官許(幕府の許可)の芝居小屋だけに許されていた大変名誉なもので、それ以外の小芝居では、引幕の使用は許されませんでした。また、定式幕の三色の配列は各座(江戸三座)によって、異なっており、中村座は黒・白・柿、市村座は黒・萌黄・柿、森田座は黒・柿・萌黄の順序(左から)でした、
とある(https://www.kabuki-za.co.jp/sya/vol110.html)。
(中村座式の定式幕(黒-白-柿色) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E5%BC%8F%E5%B9%95より)
(市村座式の定式幕(黒-萌葱-柿色) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E5%BC%8F%E5%B9%95より)
(森田座/守田座式の定式幕(黒-柿色-萌葱) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E5%BC%8F%E5%B9%95より)
定式幕の起源は、
中村座座元初世中村勘三郎が、幕府の御用船『安宅丸』の江戸入港の際、得意の木遣りで艪漕ぎの音頭とり、見事、巨船の艪の拍子を揃えた褒美に船覆いの幕(帆布ともいわれている)を拝領したものとされています。これが黒と白の配色だったようで、その後、黒・白・柿の中村座の定式幕となった、
と伝えられる(仝上)、とある。現在劇場で主流の、上下に開閉する、
緞帳、
は、江戸時代から明治初期頃までは、
ごく簡素で粗末な巻き上げ式の幕を緞帳と呼び、引幕の使用を許されない小芝居に専ら使われていましたので、俗に小芝居のことを緞帳芝居と蔑称していました、
とあり(http://enmokudb.kabuki.ne.jp/phraseology/2568)、
明治後期あたりから西洋式の劇場が建設され、西洋演劇の影響を受けて緞帳は豪華でモダンなものへと生まれ変わりました、
とある(仝上)ので、「のべつまくなし」の「幕」は、緞帳ではなく、引幕を指していたと思われる。
「のべつまくなし」は、江戸語大辞典には載らず、大言海にも載らない。
「絶え間なく」といった意味の「延べつに」は、江戸時代から見られるが、「のべつ幕なし」の用法は明治以後から見られる、
とある(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1059210765)ので、あるいは、「緞帳」の可能性が、微かにある。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:のべつまくなし