「いつわる(いつはる)」は、
偽る、
詐る、
と当てる。
事実をゆがめる、
うそをつく、
だます、
あざむく、
といった意味である(広辞苑)。大言海は、自動詞の「いつはる」に、
偽る、
詐る、
佯る、
譎る、
を当て、他動詞「いつはる」に、
偽る、
をあてるという区別をしている。
平安初期までは、
更にうつはる人無し(允恭紀)、
というように、
うつはる、
の形もあったが、中期以降は、
事をいつはりて、物を盗めるなり(宇津保物語)、
いつはり飾りて名を立てんとす(徒然草)、
等々と、
いつはる、
だけが用いられるようになった(日本語源大辞典)、とある。平安後期の『字鏡』には、既に、
詐、伊豆波留、又、阿佐牟久、
とある(大言海)。で、大言海は、
古言、ウツハルの転、うつくしむ、いつくしむ。魚(うを)、いを。芋(いも)、うも、
と(大言海)、
うつはる→いつはる、
との転訛とする。『日本語の語源』も、
ウツワリ(偽、允恭紀)、
ウツワリゴト(偽事、欽明紀)、
であったのが、
u→i、
間の母音交替とみている。
この母交(母音交替)から見れば、「いつわる」の語源は、「うつはる」をもとに考えるほかはない。しかし、多くは、
イツイヒ(虚言)の約であるイツヒに助動詞アリが結合して、イツハリという語ができた(日本古語大辞典=松岡静雄)、
イツハル(何時晴)の義(和訓栞)、
イツアル(何時有)の義(名言通)、
イツハル(言津張)の義、ツは休字(和句解)、
イツハル(言突張)の義か(日本語源=賀茂百樹)、
イツハル(稜威張)の義(俚言集覧)、
等々と、「いつはる」に合わせて語呂合わせをしている(日本語源大辞典)。「うつはる」由来として考えているものは、
ウツ(空虚、ウツロ)+ハル(張、動詞化)。内容のないこと、空虚なことを言う(日本語源広辞典)、
ウツホル(虚)の転声(和語私臆鈔)、
うつはり(空張)の意(言元梯)、
である。
虚言、
空事、
の意味でいえば、「うつ」は「虚」か「空」なのだろう。
「いつわる」に当てた漢字を見ておくと、「偽(僞)」(ギ)は、「いつわる」意だが、
会意兼形声。爲(為)の原字は「手+象の形」の会意文字で、人間が手で象をあしらって手なづけるさまを示す。作意を加えて本来の性質や姿をためなおすの意を含む。偽は「人+音符為(イ)」で、人の作意により姿を変える、正体を隠してうわべをつくろうなどの意。爲が、広く作為する→するの意となったため、むしろ僞にその原義が保存され、「人間の作意」「うわべのつくろい」といった意味が為のもとの意に近い、
とある(漢字源)。同趣だが、別に、
会意兼形声文字です(人+為(爲))。「横から見た人」の象形と「手の象形と象(ぞう)の象形」(「人が手を加えて作る」の意味)から、「人がつくりごとをする」、「いつわる」を意味する「偽」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji1286.html)。
(「偽」字源 https://okjiten.jp/kanji1286.htmlより)
「詐」(漢音サ、呉音シャ)も、「いつわる」意だが、
会意兼形声。乍は刀で切れ目を入れるさまを描いた象形文字で、作の原字。物を切ることは人間の作意である。詐は「言+音符乍(サ)」で、作為を加えたつくりごとのこと、
とある(漢字源)。
(「詐」(金文・春秋時代) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A9%90より)
「佯」(ヨウ)は、
形声。佯は「人+音符羊」で、外面の姿の意を含む。羊は音だけを示し、ここではひつじは意味に関係しない、
とある(仝上)。
「譎」(漢音ケツ、呉音ケチ)も、「いつわる」意だが、
会意兼形声。矞(ケツ)はややこしくいりくんだという意を含む。譎はそれを音符とし、言を添えた字、
とある(仝上)。
これら同義の漢字の使い分けは、
「僞」は、人爲にて、天真にあらざるなり、いつはりこしらへたるなり、虚偽・詐偽と用ふ、晉紀「太子有淳古之風、而末世多偽、恐不了家事」、
「詐」は、詐欺と連用す。欺き騙すこと誠実の反なり、説苑、貴徳「巧詐不如拙誠」、
「譎」は、権詐なり、正しからず、詐謀を設けていつはるなり、すべて言行器服などのあやしく異様なるをいふ。詭に同じ。「晉文公譎而不正」の如し、
「詭」は、譎に同じく、あやしくして正しからざる義。詭巧・詭変と用ふ。孫子「兵者詭道也」、
「佯」は、「陽」と同音同義。内心は然らずして、うはべをいつはるなり。史記「箕子佯狂為奴」、
とある(字源)。なお、「誕」(漢音タン、呉音ダン)も、「いつわる」意があり、
会意兼形声。延は、ひきのばすこと。誕は「言+音符延」で、むやみに引き延ばした空事。その音を利用して、旦(タン 隠れた日が地平に現われること)・蛋(タン 腹に隠れたたまごが外に出る、たまご)に当て、特に人間の赤子が世に出ることをいう、
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です(言+延)。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつしんで)言う」の意味)と「国や村の象形と立ち止まる足の象形と十字路の象形の左半分を取り出し、それを延ばした形」(「まっすぐ行く」の意味から、言葉を真実よりも越えてのばす事を意味)し、そこから、「いつわる」を意味する「誕」という漢字が成り立ちました。また、「のびる」の意味から、「生まれ育つ」の意味も表します、
ともある(https://okjiten.jp/kanji929.html)が、
「言」と音符「延」を合わせて、言い延ばされた「でたらめ」が原義、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%AA%95)ので、元来、「虚誕」(おおげさなうそ)、「怪誕」(でたらめであやしい)などと使ったらしい。
(「誕」字源 https://okjiten.jp/kanji929.htmlより)
それが、意味が変わったのは、『詩経』に、
誕彌厥月(誕(ここ)に厥(そ)の月を彌(を)へ)
先生如達(先づ生まるること達の如し)
という一説があり、ここから、「誕生」「生彖」という言葉が生まれ、「誕」が「うまれる」という意味で使われるようになった、とする説がある(https://quizknock.com/tanjou)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95