2021年04月10日
鉄火味噌
「鉄火味噌」は、
赤味噌に細かく刻んだごぼうや炒り豆、ねぎ、砂糖、みりん唐辛子などを混ぜてごま油で炒めた、
もので(広辞苑・ブリタニカ国際大百科事典)、
嘗味噌の一種、
だが、形状は、
カラカラに乾燥したものもあれば、ペースト状のものもある、
とし、
大日本帝国陸軍のレシピ集である「軍隊調理法」や大日本帝国海軍のレシピ集でも取り入れられていた、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%81%AB%E5%91%B3%E5%99%8C)。
「鉄火味噌」の名は、
豆味噌を使ったことから来ている、
とか(仝上)、
味噌を油で炒めると赤みの光沢が増すところからその名がつけられた、
とか(ブリタニカ国際大百科事典)、
心の凶悪無残な者、粗暴なる者、乱暴者、鉄火肌の者をいった、鉄火者の「鉄火」からきた、
とか(たべもの語源辞典)、いろいろある。
「鉄火」については、「いなせ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/414618915.html)で触れたように、
鉄火場、
つまり博奕場である。だから、
鉄火打、
とか、
鉄火博奕、
というと、
玄人相手の博打打ち、
を指し、転じて、
博徒、
そのものを指した(岩波古語辞典・江戸語大辞典)。
しかし、「鉄火肌」の「鉄火」は、
鉄火(鉄が焼かれて火のようになったもの)
という意味から来ているので、気性の激しさを言っている。
「鉄火」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/436546704.html)でも触れたように、「鉄火」には、
鉄を熱くして真っ赤にしたもの、
戦国時代に罪の有無を試すために、神祠の庭前で熱鉄を握らせたこと。炎苦に耐えず投げ捨てたものを有罪とした、
刀剣と鉄砲、
弾丸の発射の火、
鉄火打の略。博徒。また博徒のようにきびきびして威勢のいいさま、侠客風、
鉄火丼の略、
鉄火巻きの略、
等々の意味がある(広辞苑)。「鉄火丼」「鉄火巻」は別とすると、本来、
真っ赤に焼けた鉄、
を意味した(岩波古語辞典)。そして、
鉄が赤く焼けている様や鍛冶仕事の火花でもあるが、そこから鍛冶の中でも神事や武士との繋がりが強い、刀鍛冶・鉄砲鍛冶を指すようになり、ひいては刀・鉄砲を表す。またその使用時には刀も鉄砲も火花を散らす事も鉄火を意味するようになった。そこから戦場や戦という意味に転じ、戦(いくさ)や死を意味する修羅場、または勝負事(賭け事)という意味を持つようになった、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%81%AB)。「鉄火」には、中世・近世の日本で行われた神判の一種で、いつわりなければ熱鉄を握っても熱くないと、これを握って誠を誓う、
鉄火の誓言(せいごん)、
とか(江戸語大辞典)、相論の是非が定まらなかった場合に、神の判断を仰ぐ意図で、
相論の対象となる集団からそれぞれ代表者を指名し、代表者は精進潔斎の上に立会いの役人らの前で掌に牛王宝印を広げ、その上に灼熱した鉄(鉄片・鉄棒)を乗せて、それを歩いて神棚の上まで素手で持ち運びその完遂の度合いによって所属集団の主張の当否が判断された、
火起請(ひぎしやう)、
火誓(かせい)、
鉄火(てっか)、
鉄火起請(てっかきしょう)、
とか(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E8%B5%B7%E8%AB%8B)というように、
鉄火を執る、
というのが、
善悪正邪の判定法、
で、
鉄火裁判、
鉄火の裁判、
とも言った。これは、古く熱湯に手をさし込んでその正邪を神にただした、
盟神探湯(くかたち、くかだち、くがたち)、
の遺風とみられる(大言海)。
そう考えると、「鉄火」には、ただ、鉄が熱せられたという意味だけではなく、真偽、成否、是非を明らかにする、というニュアンスが色濃くあるのではないか、そこから、鉄火場につながる意味の筋があるように思える。
昔は、武内宿禰と甘内宿禰とが争って、熱湯に手をさし込んでその正邪を神にただした、ということがありますが、鉄火を執るということは、戦国時代によく言った言葉で、天神地祇に誓って、火で真赤に焼いた鉄を掴み、それで火傷をしない方を勝とする、善悪正邪の争いの時、鉄火を執っても自分の主張の正しいことを見せる、なんていうことがあった。一か八か、神祇の罰利生を覿面に見ようとする。テキパキ片づくところから、「鉄火」という言葉を生じた、
とする(三田村鳶魚)には理由がある。とみると、
鉄火丼、
鉄火巻、
鉄火味噌、
鉄火鮨、
鉄火飯、
等々は、
鉄火肌、
の「鉄火」のもつ、いささか、
伝法な、
侠気のある、
無法な、
勇み肌、
といった含意を持たせているのではないか。しかし、
鉄火場で食べた、
鉄火場で調理した、
というのは(日本語源広辞典)、いささか穿ち過ぎではあるまいか。
まっとうではない、
堅気ではない、
身を持ち崩した、
が、どこか、
ことさら侠気を示そうとする、
人目につく、
あか抜けていき、
といった含意を込められているではないか。だから、たとえば、
マグロの切身とおろしたワサビを芯にして巻いた海苔巻き、
の「鉄火巻」は、
マグロをぶつ切りにして巻くところから、身を持ち崩したヤクザの意の鉄火洒落たもの(すらんぐ=暉峻康隆)、
という説になる(日本語源大辞典)。
醤油を加えて炊いた飯(あぶらげ飯を指す場合もある)、
の「鉄火飯」も、
芝海老の身をそぼろにして酢飯の上に掛けた、
「鉄火鮨」も、
鮨飯に、おろしたワサビとマグロの切身をのせ、焼きのりを散らした、
「鉄火丼」も、江戸時代の『皇都午睡(みやこのひるね)』に、
芝えびの身を煮て細末にし鮨の上に乗せたるを鉄火鮓(ずし)と云うは身を崩してという謎なるべし、
とあり(江戸語大辞典・日本大百科全書)、
鉄火者的なところがある、
という(たべもの語源辞典)含意なのだろう。「鉄火味噌」にも、たしかに、本道から外した趣が無くはない。
江戸時代の『春色恵の花』に、
「鉄火味噌(みそ)に坐禅(ざぜん)豆梅干」とあり、鉄火みそは江戸時代からあった。色が赤く、辛味がきいているものにも鉄火の名がつけられた、
とある(日本大百科全書)が、「鉄火味噌」の作り方には、微妙な違いがあり、たとえば、
フライパンで細かく刻んだ根菜をカラカラになるまで油で炒める。味噌を入れて再びよく炒め、全体がパラパラになるまで炒める、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%81%AB%E5%91%B3%E5%99%8C)し、
ごぼうは、みじん切りにする(あるいは、短いささがき)。生姜はすりおろす。鍋にオイルを入れて火にかけ、ごぼうを入れて炒める。おろした生姜の半量も加えて弱火で焦がさないように混ぜながら炒め、味噌を加えて炒める。調味料を加えて、弱火で味がなじむように炒める。黒練りごまと残りの生姜、豆を入れて全体になじむように混ぜて炒める。味を調えて火を止め、ごま油を混ぜて、器に入れ炒りごまをちらす
ともあり(https://shop.henko.co.jp/goma-recipe/%E9%89%84%E7%81%AB%E5%91%B3%E5%99%8C%EF%BC%81/)、さらに、
胡麻油を熱して最初に大豆を煎って、次に牛蒡、蓮根をこまかに刻んで入れ、するめをこまかに刻んで、煎った麻の実、こまかくした唐辛子をいっしょに打ち込み、よく煎って、赤味噌を砂糖・酒で調味して加え、練って混ぜ、手早く煮あげる、
ともある(たべもの語源辞典)。ま、「鉄火」には、本道はない。ただ、
マグロを用いた料理に鉄火の名がしばしば使われているが、天保(てんぽう)(1830~1844)中期以前にはすしにマグロは用いていない、
とある(日本大百科全書)し、
鉄火巻きの名称は明治以降、
また、マグロの角切りを丼(どんぶり)飯の上に置き、焼きのりをふりかけたものを鉄火丼(どん)と名づけたのは、
大正以後、
とみられる(仝上)とあり、「鉄火巻」は、大正十四年に出た『現代用語辞典』に、
通語の一、
とあり(https://japanknowledge.com/articles/asobi/16.html)、まだ一般化していなかったとみられる。どうやら、「鉄火」な雰囲気だけで名づけただけで、「鉄火巻」の「鉄火」には深い意味はないようだ。
なお、「味噌」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/471703618.html)については触れた。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95