「瀬戸飯(せとめし)」は、
瀬戸の染飯(そめいい)、
と呼ばれるものである(たべもの語源辞典)。瀬戸の染飯は、
もち米を蒸したものをクチナシの実で黄色く染め、せいろで蒸し、すりつぶして小判形に薄く伸ばして乾かしたもの、
とか(https://ippin.gnavi.co.jp/article-10198/)、
強飯(こわいい/こわめし・蒸した餅米、おこわ)をクチナシ(梔子)の実で黄色く染めて磨り潰し、平たい小判形や三角形(鱗形)、四角形などにして乾燥させたもの、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%9F%93%E9%A3%AF)が、
クチナシの実を煎じた汁で炊いた黄色いご飯。牛蒡をささがきにして茹でたものを混ぜ合わせ、食べるときに、熱いすまし汁をかけて好みの薬味を加える、
とある(たべもの語源辞典)。乾燥させたものだから、熱い汁を掛けて食べたのである。
(染飯(レプリカ)千貫堤・瀬戸染飯伝承館 https://ippin.gnavi.co.jp/article-10198/より)
現在の静岡県藤枝市上青島である駿河国志太郡青島村付近で戦国時代から販売された黄色い米飯食品、
であり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%9F%93%E9%A3%AF)、古く、
『参詣道中日記』1553年(天文22年)、
や、
『信長公記長』1582年(天正10年)、
に記載があり、東海街道名物としては最古級、とある(仝上)。
江戸時代には藤枝宿-島田宿間にある瀬戸の立場(休憩所)で売られていた(仝上)。『東海道名所記』(1658)に、
藤枝の瀬戸の染飯は、此処の名物なり、その形、小判程にて、強飯に山梔子を塗りたり、うすきものなり、
とある(たべもの語源辞典)。これでみると、復元されたものにそっくりだが、「塗りたり」とあるので、後で色を付けたことになるが、ともかく、江戸時代、
駿河国瀬戸の名物、
であった。『嬉遊笑覧』(1830年)にも、
黄飯は瀬戸の染飯是なり、
とある(仝上)。
(瀬戸の染飯・葛飾北斎『東海道中五十三駅狂画 藤枝』 https://ippin.gnavi.co.jp/article-10198/より)
漢方医学では、
クチナシには消炎・解熱・利胆・利尿の効果があるといわれ、また足腰の疲れをとるとされることから、難所が多い駿河の東海道を往来して長旅に疲れた旅人たちから重宝された、
とある(仝上)。
(瀬戸の立場茶屋 十返舎一九『東海道中膝栗毛』(1804) https://ippin.gnavi.co.jp/article-10198/より)
寛永4年(1792)に西国を旅した小林一茶は藤枝で、
染飯や我々しきが青柏、
と詠んでいるが、この句を、金子兜太氏は、
「われわれのようなものでも、柏の青葉に盛った染飯がいただけるとは嬉しいね。ありがたいねぇ。こう眺めているだけで、涼しい風が通るようです」(『一茶句集』)
と絵解きされている(https://www.city.fujieda.shizuoka.jp/material/files/group/125/shishi11.pdf)。
(瀬戸の染飯 寛永九年(1797)『東海道名所圖會』(秋里籬島) https://ippin.gnavi.co.jp/article-10198/より)
寛政九年(1797)の『東海道名所図会』に染飯を売る茶屋の挿絵があり、享和四年(1804)の『東海道中五十三駅狂画』(葛飾北斎)でも四角い染飯を売る茶屋の娘が描かれ、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』(1802~1814年)でも登場する、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%9F%93%E9%A3%AF)。現在も藤枝市内で販売されているが、乾燥せずおにぎり状のおこわである。
光廣卿(烏丸光広(からすまる みつひろ) 江戸時代前期の公卿・歌人)の狂歌に、
つくづくと見てもくはれぬ物なれや口なし色のせとの染いひ、
とある(大言海)。「口無し」なのだから食べれぬと掛けてみたところは、「染飯」は、公卿の口には合わなかったようだ(https://www.city.fujieda.shizuoka.jp/material/files/group/125/shishi11.pdf)。
(現在売られている「瀬戸の染飯」 https://ippin.gnavi.co.jp/article-10198/より)
なお、黄飯は、
豊後の郷土料理、
にもあり、大友宗麟伝来、といわれている。中国風の一種の、
けんちん料理、
で、古くは、
おうはん、
けんちん、
と呼んだが、黄色い飯ではなく、これにそえる魚菜、つまり「かやく」のことを、呼ぶようになり、飯が白米になり、趣旨が変わってしまった、とある(たべもの語源辞典)。
「けんちん」は、「けんちん」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477345064.html)で触れたように、
巻繊、
捲煎、
巻煎、
等々と当て、
普茶料理の一つ(たべもの語源辞典)、
とされたり、
卓袱料理のひとつ(大言海)、
とされたりするが、何れも中国からの伝来で、油を使うところが特徴である。
日本に伝えられた「けんちん」は、
①黒大豆のもやしをごま油で炒めて湯葉で巻いたもの、
②大根・牛蒡・人参・椎茸などを千切りにして、油で炒めて崩した豆腐を加え、味付けしたものを油揚で巻いて油で揚げたもの、
③鯛・エビ・鶏肉などを玉子焼で巻いたもの、
などがある(たべもの語源辞典)。本来は中国料理なので、必ず油を用いる(仝上)。
参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95