「よひ」は、
宵、
と当てる。
「朝」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481387969.html?1620462788)や「ひる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481403520.html?1620499255)で触れたように、「よひ」は、上代の夜の時間区分で、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
と分ける「ヨヒ」である。
「よる」中心にした時間の区分は、上代、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
のうち、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ(アカトキ)、
と分けられ、
当時の日付変更時点は丑の刻(午前二時頃)と寅の刻(午前四時頃)の間であったが、「よなか」と「あかとき」(明時、「あかつき」の古形)の境はこの時刻変更点と一致している、
とある(日本語源大辞典)が、「よ」は、
よひ、
よなか、
よべ(昨夜)、
と「よ」は、「よる」が「ひる」に対し、暗い時間帯全体を指すのに対し、
特定の一部分だけを取り出していう、
とある(仝上)。ついでながら、「よべ」は、昨晩の意だが、昨晩を表す語としては、古代・中古には、
「こよひ」と「よべ」とがあった。当時の日付変更時刻は丑の刻と寅の刻の間(午前三時)であったが、「こよひ」と「よべ」はその時を境としての呼称、日付変更時刻からこちら側を「こよひ」、向こう側を「よべ」とよんだ、
とある(仝上)。つまり、「よる」の古形、
よ、
が、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、
と区分されたことになるが、「よなか」が、
よべ→こよひ、
と、境界線を挟んで、使い分けていたことになる。
「よひ」は、「ゆふ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481421283.html?1620586035)で触れたように、「ゆふ」が、
ヨ(夜)、ヨヒ(宵)と同源(続上代特殊仮名音義=森重敏)
「ヨヒ」の音便変化。ヨヒ→ユヒ→ユウと転訛(日本語源広辞典)、
ヨ(夜)・ヨヒ(宵)と同根(岩波古語辞典)、
とされ、「よる」は、
よ(「よる」の古形)+る(接尾語)(日本語源広辞典)、
よ(「よる」の古形)+る(助辞)(大言海・俚言集覧・国語の語根とその分類=大島正健)、
であった。つまり、「よひ」は、「よる」の古形「よ」が、
ゆふべ(ゆふ)、
よひ、
よなか、
と三分割した、「ゆふ」と「よなか」の間であり、
日が暮れて暗くなってからをいう。妻訪(つまど)い婚の時代には、男が女の家に訪ねていく時刻にあたる、
といい(岩波古語辞典)、
夜の初め、
とある(仝上)が、この時間幅は大きい。書紀・允恭紀に、
我が夫子(せこ)が來べき豫臂(よひ)なり ささがねの蜘蛛の行なひ今宵(こよひ)著(しる)しも
とあり、ここでは、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、
の、ユフとヨナカの間の幅があり、
日暮から夜中までの間、
を指す(大言海・精選版日本国語大辞典)。現在では、
夜が始まってしばらくの間の意、
で用いるが、上代では、「万葉集」で、
「三更(=夜中の一二時ころ)」をヨヒと読ませていること、中古以降、ヨヒを語素にもつコヨヒという語が丑の刻(=午前二時ころ)まで、
をさして用いられたことなどから、現在より長い時間をさしてヨヒと呼んだと考えられる、
とある(日本語源大辞典)。それは、本来は、夜が、
単にヨヒとアカトキの二つに分けられていたところへ、ヨナカという語が現われ、ヨヒの時間が、中古にはより短い時間をさすようになったのではないかとも考えられる、
ともある(仝上)。そうすると、
宵のうち、
宵の口、
は、いずれも、
日が暮れて間もなくのとき、
とされる(広辞苑)。しかし、
気象庁は、「宵のうち」とは18時頃から21時頃の時間帯としていたのに、もっと遅い22時とか23時まで「宵」と思っている人がいるので、「夜のはじめ頃」(18〜21時頃)に用語を変えたのです、
と(https://weathernews.jp/s/topics/201904/100115/)、「宵の口」が、随分遅くまでになり、かつての「よい」の感覚まで広がって、「宵の口」といういい方に時間間隔の差があることを示している。
18時頃から21時頃の時間帯、
を、「宵の口」とするのは、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、
の感覚とあっている。
宵っ張り、
は、
夜遅くまで起きていること、
を指すが、これは、前述の、
日付変更点の丑の刻と寅の刻の間(午前三時頃)の、こちら側を「こよひ」、向こう側を「よべ」とよんだ、
ということから考えると、「よなか」のこちら側(午前三時過ぎ)まで、
こよひ、
と呼んでいたことになるが、しかしまあ、丑の刻(午前1~3時)と寅の刻(午前3~5時)の間(午前三時頃)の前の、亥の刻(午後9時~11時)から、子の刻(午後11時から午前1時)を挟んで、丑の刻(午前1~3時)までが、「ヨナカ」にあたると思われるので、その前までが、
ヨヒ、
ということになるのではないか。とすると、「宵っ張り」の時刻は、せいぜい九時前くらいになる。
宵泊まり、
という言葉があるが、これは、
遊客が宵(午前七時頃)にきて泊まること、
とある(江戸語大辞典)。この逆に、その時刻に帰るのを、
宵立ち、
という。こう考えると、「宵」の目一杯は、
戌(いぬ)の刻(午後七時から九時)、
辺りを指すのではないか。宵のうちから寝る意の、
宵寝、
もその時刻ということになる。となると、
宵越しの金、
の「宵越し」というのは、
一夜を経ること、
だから、
日付変更点の丑の刻と寅の刻の間(午前三時頃)、
を超えた側を指すことになる。ただ、
日付変更時刻という意識の弱くなった中世末には、昨晩を表す「こよひ」が消滅する、
ので(日本語源大辞典)、江戸期以降の時間感覚は、現代に近くなっているのではないか。
宵の明星、
といういい方だと、「よひ」は、
日が暮れて間もない夕暮れ時、
を指している。
もちろん「よひ」の時間間隔は、時代によっても違うが、季節によっても異なるので、一概に言い切れないところはある。しかし、「宵の口」「宵っ張り」「宵越し」等々、「宵」がまだまだ、比較的活動的な時間帯であることを示していて、「ヨナカ」とは、その語感が違う気がする。
では「よひ」の語源は何か。「よ」は、
ユフ(夕)・ヨ(夜)と同根、
なので(岩波古語辞典)、「よる」の「よ」である。
夜閒(よあひ)の約(大言海・日本語源広辞典)、
という説が、
日暮れから夜までの間の意です。夜+サリ(来る)に対する語、
とし(日本語源広辞典)、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、
という、「よ」を、
ゆふ、
よひ、
よなか、
と三分割した、「ヨヒ」の位置を示しているように思う。ちなみに、「よさり」は、
夜去り、
と当て、
夜が来ること、去るは来るなり、夕さり、などと同じ、
とある(大言海)。
「宵」(ショウ)の字は、
小は、-印を両側から削って小さくするさま。肖は、それに肉を添えた字で、素材の肉を削って小さくし、肖像をつくること。宵は「宀(家)+音符肖(ショウ)」で、家の中に差し込んでくる日光が小さく細くなったとき、
とあり、「日が暮れて薄暗くなったころ」の意である。
(「宵」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%B5より)
別の解釈は、
会意兼形声文字です(宀+小+月)。「屋根・家屋」の象形と「小さい点」の象形と「欠けた月」の象形から、月の光がわずかに窓にさしこむ事を意味し、そこから、「よい(日暮時)」を意味する「宵」という漢字が成り立ちました、
と(https://okjiten.jp/kanji1826.html)、「月」に見立てている。しかし、「宵」の意味は、
日の光が消えかけたとき、日が暮れて薄暗くなった時、
とある(字源)が、
徹宵(てっしょう 夜通し)、
宵晨(しょうしん 夜と朝)、
という言葉があり、「宵闇」とか「宵明星」は和語であり、漢語「宵」は「夜」の含意が強いので、「月」の光なのではあるまいか。
(「宵」成り立ち https://okjiten.jp/kanji1826.htmlより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95