「かいこ」は、
蚕(蠶)、
と当てる。古くは、
こ(蚕)、
といった。平安末期の『字類抄』に、
蠶、コ、
とある。万葉集には、
垂乳根(たらちね)の母が飼(か)ふ蠶(こ)の繭(まよ)隠(ごも)りいぶせくもあるか妹(いも)に逢はずして、
と(大言海は「飼」に「養」を当てる)、
飼(か)ふ蠶、
とあり、また、
なかなかに人とあらずは桑子(くはこ)にもならましものを玉(たま)の緒ばかり、
と、
桑子、
ともある。「こ」は、
子、
児、
卵、
等々と当てる。
おや(親)の対、
である。だから、すべて、
こ、
といった。だから、
桑子、
飼ふ蠶、
とあてる「こ」は、
籠・子・粉・海鼠などの意の「こ」との混同を回避しようとしたため(日本語源大辞典)、
というよりは、
子(こ)・卵(こ)の転義であろう(岩波古語辞典)、
あるいは、
子(こ)から分化、
したと見るべきではないか。あるいは、和語には、
こ、
という呼称しかなく、漢字を当てはめて、初めて、
子、
卵、
蚕、
粉、
と分岐できた(なまこの「こ」については、「なまこ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479450474.html)で触れた)。
卵の「こ」は、「たまご」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481618276.html?1621622290)で触れたように、
かひ(殻・貝)の子、
であり、古く、
かひご、
と濁った。この「こ」も、
子、
である。「こ(子)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465595147.html?1619652563)は、
コ(小)の義(和句解・名言通・日本古語大辞典=松岡静雄・国語の語根とその分類=大島正健・広辞苑)、
小の義にて、稚子(チゴ)より起れる語なるべし(大言海)、
とあり、「こ」(粉)とも関わる。「粉」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465595147.html?1619652563)で触れたように、「粉」は、やはり、
コはコ(小)の義から出た語(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・日本古語大辞典=松岡静雄・国語の語根とその分類=大島正健)、
となる。「小」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/445760046.html)は、
お(小川)、
さ(小百合、)、
しょう(小生)、
とも訓むが、訓み方は変わっても、この意味は、「小さい」「少ない」という、
状態表現、
であった(それが、貶めたり、蔑んだり、逆にみずからを謙ったり、という価値を加味した価値表現へ転化する)。
大人→子ども、
の対比の、
大→小、
の意味であったと考えられる。だから、「かいこ」(蚕)が、
飼い蚕、
飼い子、
となったりするのは、いずれも、
蚕(こ)=子(こ)、
とみなしていたからである。当然、
かいこ、
は、
家にて養ふに因りて、常に、養蠶(カヒコ)と云ふなり(大言海)、
とあるように、
かふこ(飼ふ蠶)、
つまり、
飼い蚕(広辞苑・デジタル大辞泉)、
飼い子(日本語源広辞典)、
から転じた。
「蚕」の歴史は、魏志倭人伝に、
その風俗淫らならず。男子は皆露紒し、木緜(ゆう)を以って頭に招(か)け、その衣は横幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし。婦人は被髪屈紒し、衣を作ること単被の如く、その中央を穿ち、頭を貫きてこれを衣(き)る。禾稲(かとう)・苧麻(ちょま)を種(う)え、蚕桑(さんそう)緝績(しゅうせき)し、細苧(さいちょ)・縑緜(けんめん)を出(い)だす、
とあるほど古く、すでに
蚕桑(さんそう)緝績(しゅうせき)、
とある(日本昔話事典)。
また、『古事記』には、高天原を追放されたスサノオ(須佐之男命)が、食物神であるオオゲツヒメ(大気都比売神)に食物を求めたところ、オオゲツヒメは、鼻や口、尻から様々な食材を取り出して調理して差し出した、とある(仝上・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%B3)。『日本書紀』には、渡来人による記述伝承や、養蚕の奨励が見える(仝上)。
蚕は、
おかいこさん、
とうとさん、
ひめ、
おしろさま、おしらさま、
こごじょ、
等々と呼ばれ(仝上)、稲作同様、
豊穣を願う、
ということから、
女性原理、
に支配されている、とある(日本昔話事典)。ために、蚕由来にまつわる昔話は、
名馬と美しい姫の馬娘婚姻譚、
と、
流された継子の蚕影(こかげ)山縁起、
の二系統あり、
蚕神信仰、
と深くつながる、とある(仝上)。
「蚕(蠶)」(漢音サン、呉音ゾン・テン)は、
会意兼形声。蠶の上部は、間に潜り込む意を含む。蠶はそれを音符とし、虫ふたつを加えた字。桑の葉の間にもぐりこんで食う、群れをなす虫のこと、
とし、つけ加えて、
形声。「虫+音符天」。唐代から蠶の略字として用いられた、
とある(漢字源)。別に、
甲骨文は「蚕(かいこ)」の象形。篆文は会意兼形声文字。「座った人が顔をそむける象形と鼻や口から吐く息の象形」(「かくれる」の意味)と「頭が大きくグロテスクなまむし」の象形から、糸を吐いて自身を隠し、まゆを作る、「かいこ」を意味する「蚕」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji1009.html)。
(「蚕」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1009.htmlより)
さらに、
形声。音は朁(さん)。「説文」に「絲(いと)を任(は・吐)く蟲(むし)なり」とあって「かいこ」をいう。甲骨文字はかいこを象形的にかいており、また、桑の葉の上に蚕の形の虫を加えているものがある。また甲骨文には蚕示(さんじ・蚕の神)を祀(まつ)ることをしるしているものがあり、三千数百年前の殷(いん)王朝の時代に養蚕(かいこを飼い育てて繭(まゆ)をとること)が行われていた。養蚕は農耕とともに重要な産業とされて、周王朝では王后夫人によって親蚕の儀礼が行われ、神衣、祭衣を織る定めであった、
ともある(白川静・https://jyouyoukanji.stars.ne.jp/j/6/6-060-san-kaiko.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
稲田浩二他編『日本昔話事典』(弘文堂)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95