2021年05月29日
にる
「にる」は、
煮る、
煎る、
烹る、
と当てる(大言海)が、「にる」は、「雑煮」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481191464.html?1619376849)でも触れたが、
に(煮 上一段)、
で、万葉集に、
食薦(すごも)敷き青菜煮持ち来(こ)梁(うつはり)に行騰(むかばき)掛けて休むこの君、
とあり(岩波古語辞典)、あるいは、
にる(煮 上一段)、
でも(大言海)、万葉集に、
春日野に煙(けぶり)立つ見ゆ娘子(をとめ)らし春野のうはぎ採みて煮らしも、
にゆ(煮 下二段)、
でも(仝上)、
昔より阿弥陀佛に誓ひにて、ニユルものをばすくふとぞ知る(宇治拾遺)、
と、古くから、
煮、
を当ててきた。しかし、「煮切り」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/480550074.html)で触れたように、「煮」(慣用シャ、呉音・漢音ショ)は、
会意兼形声。者は、コンロの上で木を燃やすさまを描いた象形文字で、火力を集中して火をたくこと。のち、助辞にもちいられたため、煮がつくられて、その原義をあらわすようになった。「火+音符者」。暑(熱が集中してあつい)と縁が深い、
とあり(漢字源)、「煮沸」というように、「たぎらせる」意で、「容器に入れて湯の中でにる」意である。別に、
会意兼形声文字です(者(者)+灬(火))。「台上にしばを集めつんで火をたく」象形(「にる」の意味)と「燃え立つ炎」の象形から、「にる」を意味する「煮」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1199.html)、
でも、
会意形声。者は庶と古く同声であるため、この両者が声符として互易することがあり、庶蔽の庶はもと堵絶の意であるから者に従うべき字であり、庶は煮炊きすることを示す字であるから、庶が煮の本字である。本来、者は堵中に隠した呪禁の書であるから、これに火を加えて煮炊きの意に用いるべき字ではない(白川)、
でも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%85%AE)、今日の「煮炊き」の意味ではなかったと思われる。
「にる」の意の漢字には、
煮、
烹、
煎、
があり、三者は、
「煎」は、火去汁也と註し、汁の乾くまで煮つめる、
「煮」は、煮粥、煮茶などに用ふ。調味せず、ただ煮沸かすなり、
「烹」は、調味してにるなり。烹人は料理人をいふ。左傳「以烹魚肉」、
と、本来は使い分けられ(字源)、漢字からいえば、「にる」は、
狡兎死して走狗烹らる、
の成句があるように、「煮る」は「烹る」でなくてはならないが、当初から、「煮る」を用いていた可能性がある(広辞苑・大言海・岩波古語辞典)。
ついでながら、「烹」(漢音ホウ、呉音ヒョウ)は、
会意。亨(キョウ)は、上半の高い家と下半の高い家とが向かい合ったさまで、上下のあい通うことを示す。烹は「火+亨(上下にかよう)」で、火でにて、湯気が上下にかよい、芯まで通ることを意味するにえた物が柔らかく膨れる意を含む、
とある(漢字源)。「割烹」(切ったりにたり、料理する)と使い、「湯気を立ててにる」意である。やはり「煮る」は、「烹る」がふさわしいようだ。ただ、
会意。「亨」+「火」、「亨」の古い字体は「亯」で高楼を備えた城郭の象形、城郭を「すらりと通る」ことで、熱が物によくとおること(藤堂)。白川静は、「亨」を物を煮る器の象形と説く。ただし、小篆の字形を見ると、「𦎫」(「亨(亯)」+「羊」)であり「chún(同音:純)」と発音する「燉(炖)(音:dùn 語義は「煮る」)」の異体字となっている。説文解字には、「𦎫」は「孰也」即ち「熟」とあり、又、「烹」の異体字に「𤈽」があり、「燉」に近接してはいる、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%83%B9)、「烹る」と「煮る」の区別は、後のことらしい。「煎」(セン)は、
会意兼形声。前の「刂」を除いた部分は「止(あし)+舟」の会意文字。前はそれに刀印を加えた会意兼形声文字で、もと、そろえて切ること。剪(セン)の原字。表面をそろえる意を含む。煎は「火(灬)+音符前」で、火力を平均にそろえて、鍋の中の物を一様に熱すること、
とある(漢字源)。「水気がなくなるまでにつめる」「水気をとる」意で、「いる」意でもある。別に、
形声文字です(前+灬(火))。「立ち止まる足の象形と渡し舟の象形と刀の象形」(「前、進む」の意味だが、ここでは、「刪(セン)」に通じ(同じ読みを持つ「刪」と同じ意味を持つようになって)、「分離する」の意味)と「燃え立つ炎」の象形から、「エキスだけを取り出す為によく煮る」、「いる(煮つめる、せんじる(煎茶))」を意味する「煎」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2170.html)、
とあり、「水気を飛ばす」意になり、「煎薬」と、「煮出す」意でも使う。
しかし、和語「にる」は、
水などを加え、火にかけて熱を通す(広辞苑)、
沸かして熱を徹す、火にかけて沸かす(大言海)、
水を加えたものを火にかけ、水を沸かして熱をとおす(日本語源大辞典)、
といった意味で、今日の、
食物を汁と一緒に火に掛け、調味して、その沸騰した汁で柔らかくして食べられるようにする、
という意よりは、
沸かす、
含意が強かったように思われる。その意味で、
烹る、
よりは、
煮る、
を当てたのかもしれない。とすると、和語「にる」の語源は、
煮るときの音ジイルから(言元梯)、
なべ釜に入るる意から(和句解)、
というよりも、
熱(にぎ)の意(大言海)、
というのがふさわしいと思えるが、
ニバ・ニグ(熟)の音韻変化(日本語源広辞典)、
と同種の語源説を採るもの以外、
にぎ(熟)、
は他の辞書にはなく、「やわらぐ」意の、
にぎ(和)び、
が、
あら(荒)び、
の対としてある(岩波古語辞典)だけである。しかしここから類推すると、
「にぎ」は、
和、
熟、
と当て、
和(なぎ)に通ず、荒(アラ)の反、
とするのは(大言海)、「にぎ」は、
熟蝦夷(にぎえみし)、
荒蝦夷(あらえみし)、
の対になり、
熟飯(にぎいひ)、
という言葉があり、
姫飯(ヒメイヒ)、
つまり、強飯(こはいひ)の対になり、「和(なぎ)」は、
凪ぐ、
和ぐ、
で、
和(なご)やか、
の、
なご(和)と同根(岩波古語辞典)、とつながるのである。その意味で、
ニギ→ニグ→ニル、
の転訛は、意味から見てもあり得る気がする。
柔らかくなる、
意である。
和稲(にぎしね 荒稲(あらしね)の対)、
和布(にぎめ 和海藻)、
の「にぎ(和)」ともつながるのである。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95