2021年06月23日

一人一名


尾脇秀和『氏名の誕生~江戸時代の名前はなぜ消えたのか』読む。

氏名の誕生.jpg


本書では、

「日本人の人名の歴史を、古代から語り始めることをあえてしない。江戸時代の『名前』を出発点として、その時代における人名の常識がどんなもので、それがいかなる経緯で変化し、どのように今の『氏名』が生まれたか―。それを語りたいのである。」

とし、そのために、

「まず江戸時代の人々が無意識のうちに受容・共有していた、その時代の人名の常識」

から始め、それが王政復古により、朝廷の常識とする人名への人名の「王政復古」を強制される中での混乱を通して、結局、今日の「氏名」へと落ち着くまでの経緯を描く。

その混乱の収斂のありさまも滑稽だが、江戸時代の名前の常識は、改めて独自の世界だと驚かされる。

今日、

氏名、
あるいは、
姓名、

という呼び方で意味しているのは、例えば、

横浜太郎、

なら、

氏(あるいは姓)が、横浜
名が、太郎、

というのが、常識である。しかし、これは、明治五年五月七日の、

太政官布告、

で、

従来通称・名乗、両様用来候輩、自今一名たるへき事、

と、

一人一名、

とする旨の布告以降のことなのである。つまり、逆にいうと、江戸時代は、例えば、武士だと、

苗字+通称、

と、

本姓+名乗、

の両名を持っていた。それを、著者は、

壱人両名、

と呼ぶ。

江戸時代の人名の実態 (2).jpg

(江戸時代の人名の実態と名称 本書より)

苗字は、江戸時代、

苗氏、
名字、

等々と表記し、これを、

姓、
とか、
氏、

と呼んでいた。通称は、

遠山金四郎、

の、金四郎のような、下の名前で、

名、
とか、
名前、

と呼ばれた。この通称には、

①大和守とか図書頭というような正式の官名、
②主膳、監物、主計などの、疑似官名(江戸時代は官名を僭称できなくなっている)、
③熊蔵、新右衛門、平八郎などの一般的な通称、

の三種がある。しかし、大名・旗本などを中心に、

本姓(姓)、

というものがあり、

源、
とか、
藤原、
とか、

の「姓」を持つ。名乗は、

実名、
諱、
名、

とも呼ばれたが、通常、

「日常世界では使わないし、その機能も有していない」

ものだが、

本姓+名乗、

という、自身の系譜を表現する「姓名」として設定しておく必要があった。通常は使わなくても、

「正式な官名を名前とする大名と一部の旗本には、人生で一度くらい必要になる」

設定であった、とある。

しかし、この時、朝廷は別の常識、古代以来の官制に基づく、常識を持っていた。たとえば、

山部+宿禰+赤人、

というように、

氏(本姓)+姓(=尸 かばね)+名(実名)、

で表記される。つまり、

姓+実名、

こそが、その人の個人の名とするのである。官位は、あくまで、この姓に対して与えられる。

二つの人名の常識.jpg

(二つの人名の常識 本書より)

この朝廷の常識が、王政復古で復活されようとして、維新の五年間大混乱になるが、徴兵制導入とともに、

「『国家』が『国民』個人を一元的に管理・把握する」

必要があり、

明治八年二月、名字強制令、

で、全国民に「氏名」強制されることになる。これ以降、

苗字+名、

という「氏名」が常識になる。

「『苗字』の血縁的な意味とか、それを名乗る正当性とか、そんなものに、『国家』は何の関心もない。『国家』にとっての『氏名』とは、『国民』管理のための道具でしかない」

ものになったのである。この上に立って、

戸籍法、

が成立し、

「初回の徴兵は徴兵対象者の80%が徴兵を逃れた」という、

徴兵制、

の厳格化が可能となったのである。

近代氏名の成り立ち (2).jpg

(近代氏名の成り立ち 本書より)

著者が言うように、

「歴史上『名前(苗字+通称)』と『姓名(姓+実名)』、そして明治五年以降の『氏名』という三種類が存在」

したことになるのである。その認識も、今日ほとんど共有されていないが。

参考文献;
尾脇秀和『氏名の誕生~江戸時代の名前はなぜ消えたのか』(ちくま新書)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:52| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする