「背向」は、
そがい
と訓ませる。
はいこう、
と訓むと、
背くこと向かうこと、
離れることと従うこと、
の意で、
向背、
と同義で、文字通り、
背を向ける、
意からのメタファと思われる。
そがい、
と訓むと、文字通り、
背(うしろ)の方、
うしろ向き、
の意で、
背面、
と重なる。古く万葉集に、
筑波根(つくばね)に曽我比(そがひ)に見ゆるあしほ山悪しかるとがもさね見えなくに
と、使われている。ここから、万葉集で、
わが背子(せこ)を何処(いづち)行かめとさき竹の背向(そがひ)に寝(ね)しく今し悔やしも
背中合わせ、
の意も、出てくる。
ソは背、ソムカヒの約か。ヒムガシがヒガシに転ずる類(岩波古語辞典)、
ソムカヒの略。ひむがし、ひがしと同趣(大言海)、
とある。「そ(背)」は、
セの古形、
とある(岩波古語辞典)。
ソはセ(背)の母音交替形。「万葉集」には「背」「背向」などとも表記され、ソムカヒの縮約と見られる。多くの場合、「に」を伴って「見る」「寝る」といった同志を修飾する、
とある(日本語源大辞典)。
ソムカヒ→ソガヒ→ソガイ、
という転訛ということになる。ただ、漢語に
背向(ハイコウ・ハイキョウ)、
という言葉があり、漢書・藝文志に、
形勢者、雷動風擧、後発而先至、離合背向、変化無常、以形疾制敵者也、
とあり(字源)、
背向=向背、
と注記されている。ために、
「前後」または「向かい合ったり背にしたりする」意の漢語「背向」の翻訳語、
と見る説もある(日本語源大辞典)。
「背」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/405100495.html?1622501901)については触れたことがあるが、「せ」の古形、
ソ(背)、
から語源を考えるしかない(岩波古語辞典)。
朝鮮語tïng(背)と同源(岩波古語辞典)、
は別として、
反(ソレ)の約(大言海・名言通)
ソ(外)の義(言元梯)、
シリヘの約シレの反(日本釈名)、
ソヘ(後方)の義(日本語原学=林甕臣)、
体の根の意で、ネ(根)の転か(国語蟹心鈔)、
等々の諸説がある中で、
本来「せ」は外側、後方を意味する「そ」の転じたもの、
とある(日本語源大辞典)ので、
ソ(外)の義(言元梯)、
ソヘ(後方)の義(日本語原学=林甕臣)、
辺りになるが、この原義から考えると、
背が高い、
というような、
背丈、
の意味はない。
ところが、
身の勢、極て大き也(今昔)、
というように、体つき・体格を意味する、
勢(せい)、
があり、これとの音韻上の近似から、
勢(せい)⇔背(せ)、
と混同されるようになった(日本語源大辞典)、とある。
(「背」 小篆・説文・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%83%8Cより)
「背」(漢音ハイ、呉音へ・ハイ、ベ・バイ)は、
会意兼形声。北(ホク)は、二人のひとが背中を向けあったさま。背は「肉+音符北」で、背中、背中を向けるの意、
とある(漢字源)。「北」は(寒くていつも)背中を向ける方角、とある(「北」は「背く」意がある)。また「背」の対は、「腹背」というように腹だが、また「背」は「そむく」意があり、「向背」(従うか背くか)というように「向」(=従)が対となる(仝上)。別に、
(「背」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji281.htmlより)
会意形声。「肉」+音符「北」、「北」は、二人が背中を合わせる様の象形。「北」が太陽に背を向けるの意から「きた」を意味するようになったのにともない、(切った)「肉」をつけて「せ」「せなか」「そむく」を意味するようになった、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%83%8C)。
「向」(漢音コウ、呉音キョウ)は、
会意。「宀(屋根)+口(あな)」で、家屋の北壁にあけた通気口を示す。通風窓から空気が出ていくように、気体や物がある方向に進行すること、
とある(漢字源)。別に、
会意。「宀」(屋根)+「口」(窓 又は 窓に供えた神器)、
ともあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%91)、さらに、
象形文字です。「家の北側に付いている窓」の象形から「たかまど」を意味する「向」という漢字が成り立ちました。
「卿(キョウ)」に通じ(同じ読みを持つ「卿」と同じ意味を持つようになって)、「むく」という意味も表すようになりました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji487.html)。
(「向」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%91より)
向、
と同義の「嚮」(漢音キョウ、呉音コウ)は、
「向(キョウ)+郷(キョウ)」で、ごちそうをはさんで左右から人が向かい合うさまを示す。むかう、むこうの方角へ動いて去るの意を含む、
とあり(漢字源)、「嚮導」(キョウドウ 目標目ざして導く)等々と使う。
(「向」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji487.htmlより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95