「贅六」は、
ぜいろく、
とも、
ぜえろく、
とも訓ませる(広辞苑)。
贅は当て字、
で、
おめへがたのことを、上方ぜえろくといふわな(浮世風呂)、
と、
上方贅六、
という言い方をし、
関西人への蔑称、
とある(仝上)。
上方贅六、
は、
上方贅六(ざいろく)、
とも言う。
江戸で、上方の人をののしっていう称、
とある(仝上)。で、「ぜえろく」は、
才六(さいろく)、
が、
江戸風に訛ったもの、
ということになる(仝上)。しかし、江戸語大辞典は、
青少年を罵って言う語、
つまり、
小僧っ子、
の意味で、転じて、
なんだへ此せへ六め、手引をつれて出やアがれ(安永八年(1779)「廻覧奇談深淵情」)、
と、
人への罵語、
として使う、とある。とすると、
へへ、関東ぺいが。さいろくをせへろくと、けたいな言葉つきぢゃなあ(文化六~十年(1809~13)「浮世風呂」)、
というやり取りは、
江戸人が上方人をけなしていう語(岩波古語辞典)、
と、ことさら上方人を言挙げするというよりは、罵詈雑言の一種ということになる。
大言海も、「才六(ざいろく)」を、
毛才六(ケザイロク)とも云へば、毛二歳を上略して、擬人したる語(宿六、耄六)。未熟者の意なるべし。ケを略して云ひ、ザイは、濁音にて遺る、
とする。
毛才六(ケザイロク)、
ともいう。だから、本来、江戸人が上方を貶めて言う場合、
上方才六(贅六 ぜえろく)、
を、略して、
ぜえろく、
といった、と見える。つまり、
ぜえろく、
といった時は、
上方を貶めている、
と見られる(大言海)のである。
もともと人をののしって毛才六(けざいろく)(青二才)ということがあり、その才六が江戸っ子ことばでゼエロクとなり、擬人化されたといわれる。才六はばか、あほう、つまらぬ者の意。文化八年(1811)の『客者評判記』には、「上方の才六めらと倶一(ぐいち)にされちゃアお蔭(かげ)がねへ」などとある。関西が長い文化の伝統をもっているのに対して、江戸は新興都市であったから、コンプレックスの裏返しの心理とみることができよう。贅はよけいなものの意であり、六も宿六(やどろく)、甚六(じんろく)などのように、あまり役にたたない者に対して、卑しむ気持ちを表現したことばである、
とある(日本大百科全書)。つまり、
上方才六(上方さいろく)→才六(ざいろく)→ぜえろく(贅六)、
と転化していったものとみられる。
因みに、「毛才六(けざいろく)」は、
けさいろく、
ともいい、
ケは接頭語、異(ケ)の意、転じて、罵意を表し、
どこの馬の骨かもしれねへ毛才六(けさへろく)(天明四年(1784)「二日酔巵觶」)、
と、
青二才、
小僧っ子、
の意である。だから、
「せいろく」は上方で丁稚のことをいう隠語「さいろく」の江戸なまり(精選版日本国語大辞典)、
は如何であろうか。また、
さいころの目になぞらえて、小者のことを、揃って一の目の出る重一の裏の意の重六といったところから、ジューロクの訛、またサイロク(賽六)の転(日本の言葉=新村出・話の大事典=日置昌一)、
という説もあるが、江戸語大辞典は、
賽六説は付会、
とするように、少し考えすぎなのではないか。
「贅六」「宿六」「甚六」などに使う「六」は、「宿六」が、
宿の碌でなし(ろくでなし)、
の「ろく」から来た当て字らしい(精選版日本国語大辞典・日本語俗語辞典)ので、「甚六」も、
長男の甚六、
の謂いで、
順禄(じゅんろく)(世襲制度により順を追って家禄を相続すること)の転訛、
とされ(日本大百科全書)、
長男や長女がだいじにされてのんびりと育てられ、これといった才能もなく、また努力もしないで家禄を相続できたため、他の兄弟姉妹に比べてうすぼんやりしているさまをあざけっていった、
ところから、転じて、「甚六」を、
うすぼんやりした人やお人よし、愚か者、
をいう(仝上)ので、この「六」も、
ろくでなし、
の「ろく」の当て字とみられる。
「贅」(慣用ゼイ、漢音セイ、呉音セ)は、
会意。「貝+敖(余分の、有り余る)」で、よけいな財貨があまっていることをあらわす、
とある(漢字源)。
「才」(漢音サイ、呉音ザイ)は、
象形。才の原字は、川をせきとめる堰を描いた象形文字。その全形は、形を変えて災などの上部に含まれている。其の堰だけを示したのが才の字である。切って止める意を含み、裁(切る)・宰(切る)と同系。ただし、材(切った材木)の意味に用いることが多く、材料や素材の意から、人間の素質、持ち前を意味することとなった、
とある(仝上)。別に、
(「才」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%89%8Dより)
象形文字です。「川の氾濫をせきとめる為に建てられた良質の木の象形」から「もともと備わっているよいもちまえ」を意味する「才」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji370.html)。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95