「くびったけ」は、
首っ丈、
頸っ丈、
と当て、
くびたけの促音化、
とある(広辞苑)。
彼女に首ったけ、
というように、
ある思いに深くとらわれること、特に、異性に心をひかれ夢中になること、またそのさま、
の意(デジタル大辞泉)だが、今日、もはや死語に近いかもしれない。
もともとは、
くびたけ、
であり、
首丈、
首長、
首尺、
と当て、
足元から首までの高さ、
の意で、
思い何くびたけ沈む池の鴨(沙金袋)、
という句がある。それをメタファに、
頸丈まで深くはまり溺れる、
意で、
すっかり色香に迷って惚れ込む、
意になり、
くびったけ、
と使われる(岩波古語辞典)。
「くびたけ」は、濁って、
くびだけ、
とも言われるが(仝上)、「くびたけ」と同様に、
炬燵に首ッたけ(享和二年(1802)「綿温石奇効果条」)、
と、
足元から首のところまで、
の意と同時に、
あのお姫様にやあ、範頼様が首ッたけだそうだ(元治元年(1864)「谷凱歌小謡曲」)、
と、
深く惚れ込んでいる、
意でも使うが、もうひとつ、
帰りてへは首ッたけだが(安永九年(1780)「多佳余字辞」)、
と、
その気持ちが十分ある、
意の、
やまやま、
という意味でも使われていたようである。近世前期からら上方では、
「くびだけ」の形で用いられ、文字通り首までの長さを表し、さらに「首丈沈む」「首丈嵌まる」などの言い回しにも見られるように、この上なく物事が多くつもる意、あるいは、深みにはまる意から、異性に惚れ込む意で用いられた、
とある(日本語源大辞典)ので、
首まで沈み込む、
首まで嵌まる、
という状態表現が、それをメタファに、
思いの深さ、
を言い表すようになった、とみられる。近世中期以降、
江戸を中心に「くびったけ」の形で用いられるようになった、
とある(仝上)。
「くびったけ」と同義の言葉に、江戸では、
くびっきり(首っ切り)、
という言い方も使われた(江戸語大辞典)。やはり、
足元から首のところまで、
の意で、
炬燵に首ッきりはいって居たりする(寛政六年(1794)「金々先生造化夢」)、
と使い(仝上)、また「くびったけ」と同様、
近頃は旦那に首ッきりと云ふもんだから(天保十年(1840)「娘太平記操早引」)、
と、
深く惚れ込んでいること、
の意でも使った(仝上)。
「くびったけ」の「くび」は、
頸、
首、
と当てる(広辞苑)が、大言海は「くび」の項を、
首、
と
頸、
で分けて立てている。「頸(くび)」は、
凹(くぼ)みの約(和訓栞)、陰門をツビと云ふも、窄(つぼ)の約なり。後(うしろ)くぼ、項(うなじ)のくぼ、ぼんのくぼの名もあり、
とし、
頭(かしら)と體(からだ)と細く接ぎ合ふ所、
の意とし、「首(くび)」は、
頸(くび)より上の部を云ふ意より移る、
とし、
かしら、あたま、
に意とする(「あたま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454155971.html)については触れた)。
というのは、「くび」は、古くは、
頭と胴とをつなぐくびれた部分。のち頸部切り取った頭部すなわち頸部から上全体をもいうようになった、
とあるので、「くび」の対象が、頸部から頭部全体に広がって
頸→首、
となったからなのである(岩波古語辞典)。「かぶり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463972279.html)で触れたことだが、これは、「あたま」が、
当間(あてま)」の転で灸点に当たる所の意味や、「天玉(あたま)」「貴間(あてま)」の意味など諸説あるが未詳。 古くは「かぶ」「かしら」「かうべ(こうべ)」と言い、「かぶ」は 奈良時代には古語化していたとされる。「かしら」は奈良時代から見られ、頭を表す代表 語となっていた。「こうべ」は平安時代以降みられるが、「かしら」に比べ用法や使用例が狭く、室町時代には古語化し、「あたま」が徐々に使われるようになった。「あたま」は、もとは前頭部中央の骨と骨の隙間を表した語で、頭頂や頭全体を表すようになったが、まだ「かしら」が代表的な言葉として用いられ、「つむり」「かぶり」「くび」などと併用されていた。しだいに「あたま」が勢力を広げて代表的な言葉となり、脳の働きや人数を表すようにもなった、
とあり(語源由来辞典)、
かぶ→かしら→こうべ→(つむり・かぶり・くび)→あたま、
と変遷した中で、「あたま」の呼称の中で、「くび」も使われている。
「くびったけ」の「たけ」は、「たけ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461350623.html)で触れたように、
丈、
長、
と当てると、
物の高さ、縦方向の長さ、
となり、
動詞「たく(長く)」と同源、
であり、
岳、
嶽、
と当てると、
髙くて大きい山、
の意となり、
「たか(高)」と同源(中世「だけ」とも)、
とある(以上広辞苑)。しかし、「たけ(長・闌)」は、
タカ(高)と同根。高くなるものの意、
とあり(岩波古語辞典)、単に物理的な長さ、高さだけではなく、時間的な長さ、高まりも指し、「たけなわ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456786254.html)で触れたように、
長く(タク)は、高さがいっぱいになることの意で使います。時間的にいっぱいになる意のタケナワも、根元は同じではないかと思います。春がタケルも、同じです。わざ、技量などいっぱいになる意で、剣道にタケルなどともいいます、
という意味も持つ(日本語源広辞典)。だから、
タカ(高)と同根。高い所の意、
である「たけ(岳・嶽)」ともほぼ重なる。
丈も
長も、
岳も、
嶽も、
かつては、「たけ」だけで済ませていた。文脈依存の文字を持たない祖先にとって、その区別は、その場にいる人にわかればいいのである。そう考えると、
「たけ(茸)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461300903.html?1535312164)
も、
「たけ(竹)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461199145.html)
も、すべて、
たけ、
であり、長さ、髙さ、という含意を込めていたのではないか。
さて「首」(漢音シュウ、呉音シュ)は、
象形。頭髪のはえた頭部全体を描いたもの。抽(チュウ 抜け出る)と同系で、胴体から脱け出したくび。また道(頭を向けて進む)の字の音符となる、
とある(漢字源)。
(「首」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A6%96より)
別に、
(「首」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A6%96より)
象形文字です。「髪と目を強調した」象形から「くび」を意味する「首」という漢字が成り立ちました、
とする解釈もある(https://okjiten.jp/kanji15.html)。
「頸」(漢音ケイ・ギョウ、呉音キョウ)は、
会意兼形声。巠は機織り機のまっすぐなたて糸を描いた象形文字で、經(経)の原字。頸はそれを音符とし、頁(あたま)を加えた字で、まっすぐたてに通るくび筋、
とある(漢字源)。
(「首」成り立ち https://okjiten.jp/kanji15.htmlより)
「丈」(漢音チョウ、呉音ジョウ)は、会意。手の親指と他の四指とを左右に開き、手尺で長さをはかることを示した形の上に+が加わったのがもとの形。手尺の一幅は一尺をあらわし、十尺はつまり一丈を示す。長い長さの意を含む、
とある(漢字源)。
別に、
(「丈」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%88より)
象形文字です。「長い棒を手にする」象形から、長さの単位「十尺(約3.03メートル。ただし、周代の制度では、約2.25メートル)」を意味する「丈」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1320.html)。
(「丈」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1320.htmlより)
なお、「くびったけ」の類義語、「ぞっこん」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456564500.html)については触れた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95