「風の祝(はふり)」は、
風の神を祭る祝(はふり)、
を指し、
風を鎮めるために、風神を祀る神官、
とある(広辞苑・大言海)。
風の祝子(はふりこ)、
ともいう(仝上)、とある。最初に風鎮めの神事を行ったのは持統天皇五年(691)とされる(風と雲のことば辞典)。
鎌倉中期の教訓説話集、『十訓抄』(じっきんしょう/じっくんしょう)に、
信濃國は、きはめて風はやき所なり、これによりて、諏訪明神の杜に、風の祝といふものを置きて、深くこめすゑて、いはひ置きて、百日の閒尊重することなり、
とある(大言海)。平安末期の歌人『散木奇歌集』(源俊頼の自撰(家集)に、
けさみればきそ路の桜咲きにけり風のはふりにすきまあらすな、
とある(精選版日本国語大辞典)が、この歌が、後に『清輔袋草紙』に収められた際、選者の藤原清輔は、
信濃國は極風早き所也、仍(よっ)てスハ(諏方)の明神の社に、風祝と云物を置て、是を春の始に、深物に籠(こもり)居て、祝して百日之間尊重するなり、然者(しかれば)其年凡(およそ)風閑にて、農業爲吉也、自らすきま(隙間)もあり、日光も令(漏れ)見つれば、風不納(おさまらず)……、
とある(http://kodaisihakasekawakatu.blog.jp/archives/16253850.html)。で、「すきまあらすな」と詠んだものらしい。
「はふり」は、
祝、
と当て(岩波古語辞典は「はぶり」と訓ませる)、
神主・禰宜の次位で、祭祀などにしたがった人、
の意とされ(岩波古語辞典・広辞苑)、
祝子(はふりこ)、
祝人(はふりと)、
ともいい(「祝人」も「はふり」と訓ますこともある)、
巫女、
にもいう、とある(仝上)。
「はふり」は、
はぶる(放る)と同根。罪・けがれを放(ばふ)る人、
の意(岩波古語辞典)とあり、大言海も、
穢れを放(はふ)る義か、
としている。「はふる」に当てる漢字には、いくつかあり、
葬(はぶ)る、
屠(はぶ)る、
放(はぶ)る、
羽振(はぶ)る、
羽触(はふ)る、
溢(はふ)る、
なのか(岩波古語辞典)、
葬(はふ)る、
屠(はふ)る、
放(はふ)る、
投(はふ)る、
羽振(はぶ)る、
溢(はふ)る、
なのか(大言海)、濁音の有無ははっきりしないが、
放る、
には、
かかる道の空(=道端)にてはふれぬべきやあらむ(源氏)、
と、「捨てる」意で、
大君を島にはぶらば(古事記)、
と、放ち捨てる意とある(明解古語辞典)。また、
葬る、
も、
言さへぐ、百済の原ゆ、神葬(かみはふ)り、葬りいまして(万葉集)。
とある(大言海)が、名義抄には、
殯、ハブル、
とある(岩波古語辞典)。ここからだけ判断するのは臆断かもしれないが、古く、
はふる→はぶる→はうぶる→はうむる→ほうむる、
と転訛したのではあるまいか。とすると、濁音か否かを少し脇に置くなら、
祝(はふ)り、
は、
放(はふ)るの連用形の名詞化、
であり(日本語源大辞典)、「放(はふ)る」は、
葬(はふ)る、
に通じる。「葬る」は、
古へ、死者を野山へ放(はふ)らかしたるより起こると、
とある(大言海)。さらに、
屠(はふ)る、
も、
切りはふる、
とあり(大言海)、
切ってばらばらにする、
放り出す、
意であり(岩波古語辞典)、
放る、
とも当てている(仝上)。その意味で、
溢る、
も、
羽振る、
も、意味は「放る」とつながる、といえる。大言海は、逆に、「放(はふ)る」が、
溢(はふ)るの転、
としているほどである。
「祝(祝)」(漢音シュク・シュウ、呉音シュク・シュ)は、
会意。「示(祭壇)+兄(人の跪いたさま)」で、祭壇でのりとを告げる神職を表す、
とある(漢字源)。
(「祝」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Dより)
会意。示と、兄(神にのりとをささげる人)とから成る。神を祭る意を表す。転じて「いわう」意に用いる、
という説(角川新字源)と通じる。
(「祝」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji682.htmlより)
別に、
会意文字です(ネ(示)+口+儿)。「神にいけにえをささげる為の台」の象形と「口」の象形(「祈りの言葉」の意味)と「ひざまずく人」の象形から「幸福を求めて祈る」・「いわう」を意味する「祝」という漢字が成り立ちました、
との説明(https://okjiten.jp/kanji682.html)は、より具体的である。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
金田一京助・春彦監修『明解古語辞典』(三省堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95