「虎石」は、
とらいし、
とも、
とらがいし、
と訓ます。「虎が雨」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482781423.html?1628103511)で触れた、
曽我十郎の愛人であった虎御前が化したもので、美男でなくては持ちあげられないと伝える石、
である(広辞苑)。
虎ヶ石、
寅子石、
虎子石、
等々とも呼ばれる(日本昔話事典)。
(虎が石(葛飾北斎「東海道五十三次 大磯」) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%8E%E5%BE%A1%E5%89%8Dより)
本来は、虎の斑点がはいった石や、猛虎が嘯くような形の名石で、
虎斑の石、
と呼ばれる場合もあるが、『曽我物語』の流布によって、虎石といえば虎御前に因ませるものが多い(仝上)。たとえば、
富士の裾野へ仇討ちに赴いた十郎を心配するあまり、大磯の虎御前はこの地にたどりつき、いつまでも富士の裾野の方を眺め暮らし、遂に石と化した(足柄峠の伝説)、
とある(仝上)。『曾我物語』では、虎御前は曾我兄弟の死後、箱根で出家し廻国に出て、熊野その他各地の霊場を巡って兄弟の菩提を弔い曾我の里に帰って一周忌を営み、のちに2人の骨を首にかけ信濃の善光寺に納めたとされる。伝説としては、兄弟を弔って諸国を廻国して没した虎御前をまつったとする虎石も多く、福島県から鹿児島県にまで分布している(仝上・世界大百科事典)。
大磯の「虎石」は、
美男が持てば軽く持ち上がり、醜男では持ち上がらない、
とされるが、長野県上水内郡古里村の「虎御前石」は、
雨乞いの祈願に験ある霊石、
とされ、
雨が降る前兆には石の重さが十倍になる、
という(日本昔話事典)。静岡県富士市厚原の「虎ヶ石」は、
小川の中流にあり、この石を洗って祈願するといかなる病も治癒する、
と伝わり、福島県信夫郡山村では、
大磯の虎がやってきて、この石の面を麦の穂で撫でれば思う人の俤が見えると語った、
と伝わるなど、各地に種々の伝承がある。これらは、古の、
石占、
の面影を伝える、とする(仝上)。「石占」とは、
石の長さや重さをもって神意を問うもの、
で、
特定の行法をもつ巫女が従事した、
とされる。霊山の麓などに、
廻国行脚の比丘尼が石に化した、
と伝える、
姥石、
の伝説と重なるものと思われる(仝上)。だから、
各地に虎御前や曽我兄弟の墳墓が多く見られるのも、石占を職業とする多数の巫女の足跡を示すもの、
と推測されている(仝上)。『本朝神仙伝』や『元亨釈書』には聖山の禁を犯して吉野山に登ろうとした都藍尼(とらんに)の伝説を伝え、高野山、立山、白山にも同様な都藍尼の登山の伝説があることからすると、虎石、虎ヶ塚などの遺跡は、本来、
トラ、トラン、トウロなどと称された廻国の巫女の足跡、
ではないかと考えられている(仝上・世界大百科事典)。
虎ヶ塚、
虎小路、
虎石塚、
等々、大磯の虎石や曾我兄弟と無関係なものが結びつけられているが、
巫女石、
比丘尼石、
女房石、
遊女石、
等々とも呼ばれ、
結界の禁を破ったために石に化した、
とされる。こうした「姥石」の伝承に、『曽我物語』の流布によって虎越前に結びつけられたもののようである。
因みに、「都藍尼」(とらんに)とは、
「本朝神仙伝」によれば、大和吉野山の麓にすみ、仏法を学ぶとともに仙術も習得。女人禁制とされていた女人禁制の金峰山(きんぷせん)に、自分の術の力でのぼってみせるといい、挑戦するが、雷にあうなどしてはたせなかったという、
とある(日本人名大辞典)。同様の話は、
白山の融の姥(とおるのうば)、
立山の止宇呂(とうろ)、
等々とあり、たとえば、富山県中新川郡立山町では、
若狭小浜の尼僧が女人結界を犯し、伴った姉は杉と変じて美女杉となり、童女が恐れて進まないのを罵ったため、この尼僧の額には角が生え、石と化した、
とか、長野県上水内郡戸隠村では、
女人禁制の山に尼僧が登ったため石に化し、比丘尼石になった、
等々の伝承は、立山、戸隠などの霊山に残り、多くは、前述の、
トラ、トラン、トウロなどと称された廻国の巫女の足跡、
と重なるように、
登宇呂(とうろ)、
融(とおる)、
という尼僧とされるケースが多い(日本昔話事典)。いずれも、
禁制を犯して立ち入ろうとした女性が石と化した伝説、
となっている。虎石伝説は、こうした比丘尼伝説、姥石伝説の上に上書きされた感じである。
参考文献;
稲田浩二他編『日本昔話事典』(弘文堂)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95