2021年09月02日

一世風靡


山根貞男『東映任侠映画120本斬り』読む。

東映任侠映画120本斬り.jpg


「東映任侠映画の始まりは一般的に1963年の『人生劇場 飛車角』とされる」

らしいが、本書では、『人生劇場 飛車角』以降、120本を紹介している。個人的には、転機は、1973年の、

仁義なき戦い、

で、

任侠路線から、……実録路線、

へと移っていくと記憶している。

僕自身は、「任侠映画」にそんなに思い入れがあるわけではないが、同時代に、20代を過ごしただけに、記憶の端々に、この映画の残像がある。

唐十郎の状況劇場、
寺山修司の天井桟敷、
土方巽の暗黒舞踏、

も同時代だし、そのポスターで、

横尾忠則、

もいた。その時代の独特の雰囲気は、ラストの斬り込みシーンで、拍手と歓声が上がった異様な雰囲気であったことだけは覚えている。

この時代の映画館の特殊な雰囲気は、蜷川幸雄演出(清水邦夫作)の、

「タンゴ・冬の終わりに」(僕の観たのは、平幹二朗・松本典子・名取裕子という出演者だった)、

の冒頭シーンで、映画の隆盛期を象徴するように、興奮し、熱狂する館内の観客の盛り上りを演じさせた場面が、その時代の雰囲気をうまく醸し出していた。

そんな映画館の中で、作家の、

井上光晴、

を見かけたこともあった。

それは、ちょうど、昭和35年(1960)から、同48年(1973)の石油ショックまでの、

日本の急激な経済成長、

の時期と重なるのである(64年は東京オリンピックの年である)。

確か三島由紀夫が、1968年の、

『博奕打ち 総長賭博』(ばくちうち そうちょうとばく)、

を評して、

これは何の誇張もなしに「名画」だと思った、

と述べ、ギリシャ悲劇にも通じる構成と絶賛したのは、記憶に残っている。

映画史的な整理はともかくとして、当時、

全共闘の学生たちが任侠映画の隆盛を支えた、

とする説が根強くあった。しかし、著者は、評論家の権藤晋の、

「新宿東映のオールナイトは、いつも殺伐としていた。殺気だってもいた。みなサンダル履きか、下駄履きかであった。革靴でやってくるのは数えるほどだった。なぜなら、仕事を終えてから、着替えずにそのまま駆けつけるからだ。製本屋の残業を終えたら、一目散に映画館にむかうのだ。歌舞伎町裏の飲食街の若者たちも、店を閉めると同時に下駄を鳴らして走るのだ。新宿東映は、零細工場、飲食店で働く20歳前後の若者ばかりではない。12時をすぎれば、派手な女性たちがつめかけていた。彼女たちの存在を無視しては、ヤクザ映画は語れない、とわたしは思う。男と連れ添ってやってくる女性も多かったが、女性だけが二、三人の徒党を組んでやってくることもあった。女性観客は全体の二割から三割に達していただろう。それは、ヤクザ映画のほかのもう一本が梅宮辰夫の『夜の歌謡シリーズ』であったからだろうか。」

を引用して、異論を立てる。さらに、権藤は、

「わたしは……マスコミや識者による事実の捏造が気になるのである。新宿東映のオールナイトにはせ参じたのは、周辺の工場で働くアンチャンか、飲食街で働くアンチャン、ネエチャンたちであった。彼らが、観客全体の九割を占めていたのだ。全共闘がいたのかどうかは知らない。が、それ以外の観客は一割にもみたなかったはずである。」

ともいう。「たまたまをそもそも」としている部分がないわけではないとは思うが、

高度経済成長初期の真っ只中で多大なファンを集めた、

任侠映画は、

「中枢の作品群でいえば、明治、大正、昭和初期と時代設定は変わっても、物語の大筋はほぼ同じで、着流し姿の男が仁義を命より重んじて、非道を重ねる悪玉と闘う。そんな映画を、1964年の東海道新幹線開通と東京オリンピック開催に象徴される時代相のなかに置くと、アナクロニズムに見えるかもしれないが、それは微妙に決定的に違う。オールナイト上映の『殺伐としていた』熱気からして、むしろ任侠映画の反時代性こそが、経済成長の波の底であくせくと働く人々にとっては魅力的なものであったと思われる。『若年労働者』『九割を占めたアンチャンやネエチャン』の日々の鬱屈は、着流し姿の主人公のストイシズムと、反転した形でぴたりと照応している。そうした反時代性と学生運動の反体制的な情念とは、通じ合うところがあったとしても、別の位相に属する。」

という説明は一応筋が通る。ただ、ある全共闘のリーダーの部屋には『少年サンデー』と『少年マガジン』しかなかったという都市伝説とを考え合わせると、意外に両者は地続きなのではないか、という気はするのだが。

既に、そうした映画の隆盛は遠くに去り、それを支えた世代も、ほぼ古希をすぎている。日本全体の高齢化と衰弱は、いろんなところに垣間見えるが、こんなに映画も、映画館も盛り上がった時代もあったのだと、久しぶりに思い出した。

参考文献;
山根貞男『東映任侠映画120本斬り』(ちくま新書)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:14| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする