2021年09月07日

自分


「自分」というのは、

自分の事は自分でせよ、

というように、名詞として、

自身、

の意である(漢語では「自身」(字源)を使う用例がある)が、「自分」は、また自称としても使う(広辞苑)。この場合、「自分」を文字通りに解すれば、

自らの分、

ということになり、

おのが分、

ということになる。室町末期の日葡辞書には、

ジブンニカナワヌ、

と載り、

自分自身の能力、

の意で使っている(広辞苑)、とある。

近世以降に広く知られるようになった語、

とあり、用法としては、

「おのれ」に近く、関西圏では「自分」を二人称でも用いる。

「おのれ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/473275230.htmlは、

オノ(己)+レ(接尾語)、

で、「レ」は、「ワレ(我)」や「カレ(彼)」の「レ」と同じである。この場合も、

自分自身、

を指すが、

卑下していうことが多い、

とある(岩波古語辞典)。「自分」も、そんな語感のようであるが、江戸時代は、

武士詞、

とある(江戸語大辞典)。たとえば、

「自分共も役目なれば、私づくで容赦はならぬ」(天保元年(1830)「寝覚之繰言」)

と使われる(仝上)。さらに、尊敬の接頭語「ご」を付けて、

「御自分様(御貴殿様)」(宝暦四年(1754)「世間御旗本容気」)、

と、

貴殿、

の意で二人称としても使っている(仝上)。

「分」 漢字.gif

(「分」 https://kakijun.jp/page/0428200.htmlより)

「分」http://ppnetwork.seesaa.net/article/424082581.htmlで触れたように、「分」は、

分を弁える、

の意味で使う。意味は、

各人にわけ与えられたもの。性質・身分・責任、

等々の意味で、

分限・分際、応分・過分・士分・自分・性分・職分・随分・天分・本分・身分・名分、

等々という使われ方をする。

「分」の字は、

「八印(左右にわける)+刀」

で、二つに切り分ける意を示す。

分は合の反対。物を別々にわける義(字源)、

とあり、「分割」「分別」「分配」「区別」「分裂」等々と「分ける」「分かれる」意だが、

ポストに応じた責任と能力、

の意の、

本分、
持ち前、
つとめ、、

の意でも使う(漢字源・字源)。

天人の分に明らかなり(荀子)、

と、

けじめ、

の意も含む。「身の程」「分際」という言葉と重なるのかもしれない。それはある意味、

生まれつきのもの、固有の性質、
所属する部分、担当する部分、

の意の、

「持前」とも重なる。

分を守る、
とか
分を弁える、
とか
分に余る、
とか
分にすぎる、

といった、

分際、
身の程、

は、ある意味「慎み」につながり、それは、

控えめに振る舞うこと、
江戸時代、武士や僧侶に科した刑罰の一つ。家の内に籠居 (屏居)して外出することを許さないもの、謹慎、
物忌み、斎戒 (さいかい) 。

といった意味があるが、上にか天にか神にか、分を超えたことへの戒めととらえることができる。

己(おのれ)の分を尽くす、

というと、

本分、

につながる。「けじめ」という言葉は、

ケ(段・分段)+チ(つ・の)+目(日本語源広辞典)、
ワカチメ(分目)の義(類聚名物考・名言通・和訓栞)、

等々と、

分け目、区別、

の意味で、そこから準えて、

道徳や規範によって行動・態度に示す区別、節度ある態度、

という意味に敷衍されている。「分」、「身の程」と近いが、差異というか切れ目に着眼しているので、目線が外からの色合いが強い。分、身の程は、内からの自分での弁え、ということになる。

潔さとは、分を守ることの徹底に見る。

「自分」と一人称を使うとき、そうした、

おのれの分を慎んでいる、

という含意が、本来あるのかもしれない。

「分」 甲骨文字.png

(「分」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%86より)

「分」(漢音・呉音フン、慣用プ、呉音ブン)は、

会意。「八印(左右に分ける)+刀」で、二つに切り分ける意を示す。払(フツ 左右に分けてはらいのける)は、その入声(ニッショウ つまり音)に当たる。また、半・班(わける)・判(わける)・八(二分できる数)・別とも縁が深い、

とある(漢字源)。

「自」(漢音ジ、呉音シ)については「おのづから」http://ppnetwork.seesaa.net/article/483178122.html?1630350682で触れたが、

象形。人の鼻を描いたもの。「私」がというとき、鼻を指さすので、自分の意に転用された。また出生のさい、鼻を先にして生れ出るし、鼻は人体の最先端にあるので、「……からおこる、……から始まる」という起点をあらわすことばとなった、

とある(漢字源)。

「自」 甲骨文字.png

(「自」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AAより)

なお、一人称の、
「われ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/473288508.html
「やつがれ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/482208626.html
「おのれ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/473275230.html
については触れたし、「われ(我)」「てめえ(手前)」「な(むぢ)(汝)」「おのれ(己)」等々の一人称が二人称に転じることについては、「二人称」http://ppnetwork.seesaa.net/article/442523895.htmlで触れた。

参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:自分
posted by Toshi at 04:21| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする