「私」は、
わたくし、
と訓ませる。名詞である。
公(おほやけ)の対、
である(岩波古語辞典)。
個人のこと、
を意味する。
背私謂之公(私ニ背クヲ公ト謂フ)、
である(韓非子)。
私事(わたくしごと)、
は、
公事(おほやけごと)、
の対である(仝上)。
また、「わたくし」は、
自称、
にも使うが、
目上の人に対してへりくだって言う語(岩波古語辞典)、
男女とも丁寧な言い方として、多く目上の人に対して用いる。また改まった言い方をする時などに用いる(日本語源大辞典)、
尊長より同輩に通じて、謙して用ゐる(大言海)、
等々、どちらかというと謙譲の含意がある。
「わたくし」は中世前期頃まで、「公(おおやけ)」に対する「個人」の意味で用いられ、一人称の代名詞として用いられ始めたのは、中世後期以降である。「わたし」は近世以降に見られる語で、近世では女性が用いた、
とある(語源由来辞典)。「わたし」は、
「わたくし」が約まったもので(watakushi→watashi)、
「わたし」が約まって、
わし(watashi→washi)、
あるいは、
あたい(atashi→atai)、
となる。どんどんくだけていく(広辞苑・日本語の語源・語源由来辞典)。
「わたくし」の語源は、
ワ(吾・我)+タ(つ)+くし、私+の+しるし(個人的の意)(日本語源広辞典)、
我盡(われつく)しの轉(大言海)、
ワガタメニカクシ(我爲隠)の義(日本語原学=林甕臣)、
ワはワレ(吾)の意、シはウシ(大人)、イマシ(汝)等のシと同根か(国語の語根とその分類=大島正健)、
ワトクシ(吾等具)の義(言元梯)、
等々、一人称「わ(吾・我)」と関わらせる説が多い。一人称には、もうひとつ「あ(吾・我)」があるが、
アは、すでに奈良時代から類義語ワ(我)よりも例が少なくて、用法も狭い。平安時代になると、「あが」という形のいくつかを残すだけで、アは主格や目的格などの場合は使われない。アとワは、「あが衣(ころも)」「わが衣(きぬ)」などと、似た対象についても使ったが、アは、多くの場合、「あが君」「あが主(ぬし)」など親密感を示したい相手に対して使い、ワは「わが大君」「わが父母」など改まった気持ちで向き合う相手に対して用いた、
とある(岩波古語辞典)。「わたくし」が「わ」の流れだとすれば、
改まった気持ちで向き合う相手に対して用いた、
という含意はそのまま残っていることになる。
「あ」の語源は、
漢語のア(我)、朝鮮古語のアと暗合(大言海)、
呼ばれてこたえる音声から(本朝辞源=宇田甘冥・国語の語根とその分類=大島正健)、
叫ぶ声から。ウ(自)・オ(己)と同系(日本語源=賀茂百樹)、
等々あるが、「わ」については、
平安時代には、「わが」という形以外ほとんど使われない、
とされ(岩波古語辞典)、語源としては、「われ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473288508.html)で触れたように、
漢語のア(我)、朝鮮古語のアと暗合(大言海)、
しかない。結局はっきりしないので、
ワが、ワれ、ワぎもこ、ワたくしのワが同根(日本語源広辞典)、
ということ以上は言えないのだが、「わぎも(吾妹)」「あが君」の「あ」や「わ」には、へりくだった含意はない。とすれば、
わたくし、
には、その含意の由来する語源なのではないか。とすると、
ワ(吾・我)+タ(つ)+くし、私+の+しるし(個人的の意)(日本語源広辞典)、
我盡(われつく)しの轉(大言海)、
にその可能性を感じるのだが、どうだろうか。
さて、漢字「私」(シ)は、
会意兼形声。厶(シ)は、自分だけのものを腕でかかえこむさま。私は「禾(作物)+音符厶」で、収穫物を細分して、自分のだけをかかえこむこと。ばらばらに細分する意を含む、
とある(漢字源)。一説に、
形声で、禾と音符厶(シ)とから成り、いねの一種の意を表す、
という(角川新字源)。
(「私」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji962.htmlより)
会意形声。禾(稲の意)+音符「厶」(腕を回して物をとる様で「わたくしする」の意)。私有の稲の意味から、わたくしする(自分のものにする)の意味になった。なお、「公(おおやけ)」は「厶」を開く(「八」)ことからと言われる、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A7%81)のが「厶」の意味をよく示している。
なお、一人称の、
「われ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473288508.html)、
「やつがれ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482208626.html)、
「おのれ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473275230.html)、
「自分」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/483288122.html?1630956077)、
については触れたし、「われ(我)」「てめえ(手前)」「な(むぢ)(汝)」「おのれ」等々の一人称が二人称に転じることについては、「二人称」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/442523895.html)で触れた。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95