「かんなぎ」は、
巫、
覡、
と当てるが、
かむなぎ、
かみなぎ、
かうなぎ、
等々とも訓ませる(デジタル大辞泉・広辞苑)。古くは、
かむなき、
とある(仝上)。
神に仕え、神楽を奏して神慮をなだめ、また神意を伺い、神おろしを行いなどする人、
とあり(仝上)、
巫女(みこ)、
の謂いだが、
(「かみなぎ」は)女子の、神に奉仕し、神楽に舞ひなどする者、多くは少女なり、又、かみおろしなどするものあり、専ら音便に、かんなぎと云ふ。…官に仕ふる者を、御神(ミカン)の子と云う、
とある(大言海)。日本では、
普通女性、
だが、男子の「かんなぎ」は、特に、
をかんなぎ(覡)、
女を、
めかんなぎ(巫)、
というとある(広辞苑)が、男を、
男巫(ヲノコカンナギ)(大言海)、
をのこかむなぎ(岩波古語辞典)、
というともある。平安中期の『和名類聚鈔』には、
覡、祝女也、加无奈支、男、男覡也、乎乃古加无奈岐、
とあり、後漢の漢字辞典『説文解字』には、
巫、祝也、女能事無形以舞、降神者也、
とか(大言海)、
能く齋肅(さいしゅく)して神明に事(つか)ふるなり、男に在りては覡と曰ひ、女に在りては巫と曰ふ、巫に従ひ、見に従ふ、
ともある(https://jigen.net/kanji/35233)ので、本来は、男女で、覡、巫を使い分けていたものと思われる。
平安後期の漢和辞典『字鏡』には、
祓の字を女偏に作れる字に、「加牟奈支」(祓女の合字にて、巫女なり)、
とあり(大言海)、平安時代写本の『天治字鏡』には、
同字(祓の字を女偏に作れる字)に、「加美奈支」、
とあり、同じく、
巫、加无奈支、
とある(仝上)。
「かんなぎ」は、
カムは神、ナギは、なごめる意。神の心を音楽や舞でなごやかにして、神意を求める人(岩波古語辞典)、
神の祈(ネギ)の転、禰宜(ネギ)と同意か、(大言海)、
神和(かんなぎ)の義(桑家漢語抄・東雅・円珠庵雑記・箋注和名抄・名言通・和訓栞・大言海)、
カミノネギ(神祈)の転(東雅)、
かむ(神)+なぎ(なごめる)から(漢字源)、
という、「ナギ」に着目する説がある。「なぎ」は、
神の心を安め和らげて、その加護を祈る、
意の、
ねぐ(祈ぐ・労ぐ)、
の転訛とみる(「禰宜」は、「ねぐ」の名詞形)か、
ナゴヤカ(和)のナゴと同根、
の、
やわらぐ、おだやかになる、
意の、
なぐ(凪ぐ・和ぐ)、
かの二説があるが、常識的には、
神の心を慰め和らげ祈請の事にあたる者、
の意である「禰宜」とつながる、
ねぐの転訛、
ではあるまいか。「なぐ(和)」も、「ねぐ(祈)」に通じる気がする。
それとは別に、「猫も杓子も」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/451814115.html)で触れたように、音韻の変化から、
神仏に願い望むことをコフ(乞ふ・請ふ)という。カミコヒメ(神乞ひ女)は語頭・語尾を落としてミコ(巫女)になった。
さらにいえば、心から祈るという意味で、ムネコフ(胸乞ふ)といったのが、ムの脱落、コの母韻交替[ou]でネカフ・ネガフ(願ふ)になった。
ネガフ(願ふ)を早口に発音するとき、ガフ[g(af)u]が縮約されてネグ(祈ぐ)に変化した。その連用形の名詞化が『禰宜』である。また、カミネギ(神祈ぎ)はカミナギ・カンナギ(巫)に変化した、
と、「ねがふ」から「ねぎ」「かんなぎ」となったとする説がある(日本語の語源)。似たものに、
神意を招請する意の「神招ぎ(かみまねぎ)」という語から、
という説(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AB)もあるが、いずれも「ねぐ」とつながるのではないかと思う。
この他の語源説として、
神の子、御神(みかん)の子の転か(水(み)の本(もと)、みなもと。鉤(かぎ)、鉸具(かご))(大言海)
カミノアギの転。アギは朝鮮語で子の義(日鮮同祖論=金沢庄三郎)、
神の子の意で、カムノアギの転。アギのアは接頭語、ギはコ(子)の転で、男子の敬称(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々、「神の子」とつなげる説があるが、これは、音韻から見ると、
巫女(みこ)、
につながるのではないか、という気がする。
(「巫」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%ABより)
「巫」(慣用フ、漢音ブ、呉音ム)は、
会意。「工+人二人」。工印を玉の形と解する説もあるが、神を招く技術を示したものであろう。原字にはもうひとつあり、それは「工+召(招く)二つ+両手」の会意文字で、神を招く手ぶりを示す。目に見えない神を手ぶり足ぶりして呼ぶこと、
とある(漢字源)。別に、
形声。工(降ろす)の転音が音を表し「くだす」を意味する。人人は召の略字で、巫女が声を上げて神を呼ぶ招魂のことで巫祝の意。また巫女が舞う時の両袖からの象形という説もある、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%AB)、「工」の意味はこれでよくわかるが、甲骨文字の印象とは少しかけ離れていて、少し後の秦の、簡牘文字(戦国時代)の「巫」の字の説明に妥当する気がする。
(「巫」 簡牘文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%ABより)
「甲骨文字」の説明としては、
上の横線は天、下の横線は地を、そして中央の縦線は天から地へ神霊や精霊を降臨させること、左右のヒトは踊る巫祝を表している、
とか(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AB)、
象形。神を地上に招くための工形の道具を交差させた形にかたどる。神おろしをする人、「みこ」の意を表す、
とか(角川新字源)の方が近いのではないか。別に、
象形文字です。「神を祭るとばり(仕切り)の中で、人が両手で儀式で使う道具をささげる」象形から「神を招き求める者:みこ」を意味する「巫」という漢字が成り立ちました、
とする説(https://okjiten.jp/kanji2365.html)もあるが、この字にあたる原字は見当たらなかった。
(「巫」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2365.htmlより)
「覡」(慣用ゲキ、漢音ケキ、呉音ギャク)は、
会意。巫は、両手で玉を神の前にささげて神意を求めることを示す会意文字。覡は「巫+見」で、神意を探してみようとする人のこと、
とある(漢字源)。「巫」は神意を求める行為を指し、「覡」はそれをする人の意ということになるが、漢字では、「巫」は女性、「覡」は男性を指す(仝上)、と区別したらしいことは、上述した。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95