2021年09月19日

いなご


「いなご」は、

蝗、
稲子、
螽、

等々と当て(https://hyogen.info/word/909857・広辞苑)、

蝗虫(こうちゅう)、

とも言う(デジタル大辞泉)。 

古くは、擬人化して、接尾語「まろ」を加えた、

いなごまろ(稲子麿)、

と呼んだ(日本語源大辞典・岩波古語辞典)。『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)には、

蚱蜢(さくもう) 以奈古末呂、

と載り(仝上)、平安末期の『梁塵秘抄』には、

茨小木の下にこそ、鼬が笛吹き猿奏でかい奏で、稲子麿賞拍子つく、さて蟋蟀(きりぎりす)は鉦鼓の鉦鼓のよき上手、

とある。また、

イナゴ、バッタ、キリギリス、

等々の俗称として、

祇園林も近ければねぎ殿といふ虫も有(浄瑠璃・弘徽殿鵜羽産家)、

と、

禰宜殿(ねぎどの)、

とも呼ぶ(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。

「蝗」 漢字.gif

(「蝗」 https://kakijun.jp/page/E59B200.htmlより)

「いなご」は、

稲子の「子」は、殻子(カヒコ)、呼子鳥など云ふに同じ(大言海)、
イナカム(稲噛)の義(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解)、
イネクキモリ(稲茎守)の義(日本語原学=林甕臣)、
イナクヒ(稲喰ひ)が語尾を落としてイナゴ(蝗)(日本語源広辞典)、

等々の説があるが、

稲の葉につく虫、

という意味で、「稲子」からきていると見るのでいいのではないか。イナゴは、

イネの成育中または稲刈り後の田んぼで、害虫駆除を兼ねて大量に捕獲できたことから、昔から内陸部の稲作民族に不足がちになるタンパク質・カルシウムの補給源として利用された、

とあるのだからhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%82%B4

イナゴ.jpg


「いなご」にあたる漢字には、

螽(シュウ)、
蠜(ハン)、
蝗(コウ)、

等々がある。

蝗螽(こうちゅう)、
螽斯(しゅうし)、

も「いなご」を指す(字源)が、

「蝗」(こう)は、日本で呼ばれるイナゴを指すのではなく、ワタリバッタが相変異を起こして群生相となったものを指し、これが大群をなして集団移動する現象を飛蝗、これによる害を蝗害と呼ぶ、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%82%B4。日本では、

トノサマバッタが「蝗」、すなわち群生相となる能力を持つが、日本列島の地理的条件や自然環境では、この現象を見ることはほとんどない。そのため、「蝗」が漢籍によって日本に紹介された際、「いなご」の和訓が与えられ、またウンカやいもち病による稲の大害に対して「蝗害」の語が当てられた、

とある(仝上)。

もっとも、「螽斯」を、

きりぎりす、

とする説もある(漢字源)が、「螽斯」について、「太平記」に、

「螽斯の化行われて、皇后元妃の外、君恩誇る宮女、甚だ多かりしかば、宮々次第に御誕生ありて、十六人までぞおはしましける」

とあり、「螽斯」つまり「いなご」を、

後宮の女たちがお互いに嫉妬せずいなごのように子孫が増えること、

の意で使っている。出典は「詩経」(周南 「螽斯」)に、

螽斯羽(螽斯(しゅうしう)の羽)
詵詵兮(詵詵(しんしん)たり)
宜爾子孫(宜(むべ)なり爾(なんじの)子孫)
振振兮(振振たり)

とあるhttps://ncode.syosetu.com/n0421gm/6/他)のによる。

「蝗」(漢音コウ、呉音オウ)は、

会意兼形声。「虫+音符皇(=徨、四方に広がる)、

とあり、

「螽」(漢音シュウ、呉音シュ)は、

会意兼形声。「虫+虫+音符冬(たくさんたくわえる)」で、幼虫を多く巣の中へたくわえて異常発生する虫のこと、

とある(漢字源)。いずれも「いなご」を指す。ただ、「蝗」は、

群れを成して四方に広がる、

含意があり、「螽」は、

一度にたくさん子を産む、

という含意があり、

子孫繁栄のしるし、

とされ(仝上)、

螽斯詵詵(シュウシセンセン)、

という言葉があり、

螽斯は蝗の類、はたおり、一回に九十九子を生む、詵詵は和らぎて多く集まる、夫婦和合して子孫の多きに喩ふ、

とあり(漢字源)、上述のように、

螽斯羽詵詵兮、
宜爾子孫振振兮(周南)、

と詠われ(仝上)、「蝗」と「螽」とは、微妙な意味の差がある。

「螽」 漢字.gif

(「螽」 https://kakijun.jp/page/E5A8200.htmlより)

なお、虫追いについては「実盛送り」http://ppnetwork.seesaa.net/article/482409402.htmlで触れた。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
兵藤裕己校注『太平記』(岩波文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:いなご 稲子
posted by Toshi at 04:18| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする