「虎落笛(もがりぶえ)」というのは、
冬の烈風が柵・竹垣などに吹き付けて、笛のような音を発するのをいう、
とある(広辞苑)。
冬の烈風がこれに吹き付けるときに鳴る「ひゅーひゅー」という音、
を指す(日本大百科全書)が、
物理的には障害物の風下側にできるカルマン渦によって起こるエオルス音、
とある(百科事典マイペディア)。「カルマン渦」とは、
流体中を柱状物体が適当な速さで動く(物体が静止し流体が動いても同じ)と、物体の左右両側から交互に逆向きの渦が発生し、規則正しく2列に並ぶ。名称はカルマンにちなむ、
とあり(仝上)、同じ原理による、
むちの音、
電線に風が当たって生じる音、
等々を含めて「エオルス音」という(仝上)。
(矢来 武家戦陣資料事典より)
「虎落(もがり)」は、日葡辞書に、
モガリヲユウ、
とあるように、
軍(いくさ)などのときに、先端を斜めに削いだ竹を筋違いに組み合わせて、縄で繁く結い固めて柵としたもの、
とある(仝上)。
模雁、
茂架籬、
と当てることもある(世界大百科事典)。
矢来、
竹矢来、
と同じともある。竹を縦横に直交して組んだものは、
角矢来、
といい、切丸太を約30m間隔で掘立柱とし、根元には根がらみ貫(ぬき)、その上に通し貫を2本ほど水平に通して、縄で結びつけて固めたものは、
丸太矢来、
あるいは、
丸太柵、
ともいう(仝上)。ただ、「もがり」は、
モガリ竹ハ枝をソギてもくまじき也、又所々木の柱をたつる也(築城記)、
とあるように、
くいを打って横木を結び、それによせて竹の尖ったものを腰の高さに植え込んだもので、野獣の侵入を防ぐためのものであるが、防戦攻戦共に用いる。竹串を一面に埋め込んだりもする、
と、
逆茂木、
同様に、防戦用に設けられる。その場合、
虎狩落とし、
とも当てる。そうした備えを、
虎落落としの備え、
というらしく(武家戦陣資料事典)、
もがり竹百間に付貮千三百本、但フス竹共、
とある(仝上)。かなりの量を使う。
(虎落 武家戦陣資料事典より)
敵が落とし込むような穴を掘って底に鋭い竹や鉄を植え、……表面には布を張ってその上に木の葉や砂を撒いてカムフラージュする(図説 日本戦陣作法事典)、
とも、
竹片の先を鋭くとがらせて、これをたくさん敵の方に向けて地に植えたもので、仕寄(しよせ)道(攻め口)の濠内や、敵の寄せそうな土地に設備する(図説日本合戦武具事典)、
ともある。だから、
「虎落は竹を筋違に組み合わせて埋め立て、繁く縄をもって結び固るなり」(海国兵談)……では塀の上に設ける「忍び返し」や「竹矢来」になってしまう、
とある(仝上)のである。つまり、「虎落」は、本来、
竹矢来、
とは異なると言っていい。矢来は、
矢来垣、
というように、
竹や丸太を縦横に粗く組んだ、仮の囲い、
であり、
やらい(遣)から、
というように、あくまで、
追い払う、
ための柵である(精選版日本国語大辞典)が、虎落は、攻撃的な意図が、削いだ竹尖にうかがえる。
(逆茂木 武家戦陣資料事典より)
ちなみに、「逆茂木」は、
木の枝を無数に並べて植え込んだもので敵の進出しそうな所へ設ける。植え方は先を敵の方へ向け一面に植えると引き抜きがたく、これを翦り払っていると其処を飛道具で撃つからうっかり近寄れない。これを撤去するには焼草を多量に積んで焼き落とすより他に方法がない、
とある(武家戦陣資料事典)。「逆茂木」は、
逆虎落(さかもがり)の約、
とされる。
敵の侵入を防ぐために、棘木(いばら)の枝の、鹿角の如くなるを、逆立て、垣に結った柵、
で、
鹿砦(ろくさい)、
鹿角砦(ろっかくさい)、
ともいう。まさに、「虎落」と同じ目的である。
なお、「虎落」は、
こらく、
と訓むと、中国では、
粗い割り竹を連ねて作る垣のこと、
とあり(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)、
トラをふせぐ柵の意、
ともある(https://www.kanjipedia.jp/kotoba/0002042500)。しかし、『漢書』鼂錯伝に、
為中周虎落、
とあり、師古註に、
虎落者、以竹篾相連遮落之也、
とあるので、
踏み込むと足に刺さり、転がり落ちると身体に刺さる危険な道具で、穴を掘って底に鋭い竹を無数に並べ、虎が落ちると捉える仕かけ、
からこの名がついた(図説日本合戦武具事典)とあるので、本来は攻戦的な「虎落落とし」に近い。とすると、「もがり」に、
虎落、
を当てたのは慧眼かもしれない。「もがり」は、
竹を並べ行馬のごとく、毎節に枝を存し、物をかけほすに便りするをいふは、曲りの義なるべし(和訓栞)、
マガリ(曲)の義(言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
もぎはもがり也、かり反ぎ也(和訓栞)、
等々もあるが、
捥木(もぎき)の義、夫木抄(鎌倉後期)に、「世の中は、關戸に防ぐ逆茂木の、もがれ果てぬる、身にこそありけれ」、これ、枝葉を捥がれたる竹木にわたれど、多くは竹なれば、タカモガリと云ふ(大言海)、
もがれ木の意(広辞苑)、
と、枝葉を払った竹を使うためだろう。ただ、
また竹の枝付きの立てかけたもの、
も「虎落」というらしい(日本大百科全書)が、これは、「虎落」が、本来の防御柵の意から、転じて、
枝のついた竹を並べて作った物干し、特に、高く設けた紺屋の干場、
を意味する(広辞苑)ようになってからのことだと思う。
(枝のついた竹などを立て並べ、物を干すのに用いる「虎落」 精選版日本国語大辞典より)
昔は竹もがりの如くなりき、今は丸木を足場のようにつくれる、
とある(大言海)。
さらに、「もがり」は、
強請、
虎落、
と当てて、
金銀手に持たせ置かば、おそろしきもがりどもにかたられ(西鶴織留)、
と、
ゆすり、たかり、
の意で使うが、これは、
逆らう、
ゆする、
意の「もがる」の連用形からきている(デジタル大辞泉)。しかし、
虎落、
を当てたのは、どういう意図だったのか。
逆茂木、
逆虎落、
の意味からだろうか。
「虎」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482959788.html)で触れたように、「虎」(漢音コ、呉音ク)は、
象形、虎の全体を描いたもの、
である(漢字源)が、
儿(元の形は「几」:床几)にトラの装束を被った者が座っている姿、
とする説もある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%99%8E)。
(「虎」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%99%8E)
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
笹間良彦『武家戦陣資料事典』(第一書房)
笠間良彦『図説日本合戦武具事典』(柏書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95