2021年09月26日

仙人


「仙人」は、

僊人、

とも当てる(広辞苑)が、「仙」は「僊」の俗字である。「仙」は、

もとも「僊」「遷」につくり、僊人とは遷り棲む人を意味し、遷り棲む所が山であるところから「䙴」を「山」に改め、「仙人」の語ができた、

とある。中国最古の字書(後漢)『説文解字(せつもんかいじ)』に、「䙴」は、

高きに升(のぼ)るなり、

とあり、遷も、

高きに登渉する、

とある。僊の本義も、

飛揚升高、

で、いずれも、

高い所に昇ること、

であった(日本大百科全書)。そこで僊人とは、

人間が高い所に昇って姿を変えた者と考えていた、

と思われる。仙の字も、後漢末の辞典『釋名』には、

老而不死曰仙、仙僊也、僊入山也

とある(仝上・大言海)ので、世俗を離れて山中に住み、修行を積んで昇天した人を仙人と考えていた、と思われる。『史記』封禅書では、

僊人、

『漢書』芸文志では、

神僊、

と表記している(仝上)。

平安時代の漢字字書『類聚名義抄』では、

「僊」をヒジリ、「神仙」を「イキボトケ」、

平安末期の古辞書『伊呂波字類抄』では、「仙人」を、

亦僊と作す、

とあり、鎌倉末期の辞書『平他字類抄(ひょうたじるいしょう)』では、「仙」を、

ヒシリ、セン、

と訓し、鎌倉初期の歌学書『八雲御抄』では、「仙」を、

山人ともいふ、

と訓じている(仝上)。

いわゆる「仙人」と呼ぶものには、

道教における神仙、
と、
仏教における仙人、

とに大別される(日本伝奇伝説大辞典)。

道教の「仙人」は、

神仙(しんせん)、
真人(しんじん)、
仙女(せんにょ)、

ともいい、

中国本来の神々や修行後、神に近い存在になった者たちの総称。神仙は神人と仙人とを結合した語とされる。仙人は仙境にて暮らし、仙術をあやつり、不老不死を得たもの、

とかhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E4%BA%BA

漢民族の古くからの願望である不老不死の術を体得し、俗世間を離れて山中に隠棲し、天空に飛翔することができる理想的な人をいう、

とか(日本大百科全書)とあるが、

戦国時代から漢代にかけて、(仙人の住むという東方の三神山の)蓬莱・方丈・瀛州(えいしゅう)に金銀の宮殿と不老不死の妙薬とそれを授ける者がいて、それを渇仰する、

神仙説、

がさかんになり、『史記』秦始皇本紀には、

斉人徐市(じょふつ)、上書していう、海中に三神山あり、名づけて蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)という。僊人(せんにん)これにいる。請(こ)う斎戒(さいかい)して童男女とともにこれを求むることを得ん、と。ここにおいて徐をして童男女数千人を発し、海に入りて僊人を求めしむ、

と記されている。この斉人の方士「徐市」は、徐福ともいい、始皇帝の命を受け、3、000人の童男童女と百工を従え、財宝と財産、五穀の種を持って東方に船出した、とされる。因みに、「瀛洲(えいしゅう)」は、転じて、日本を指し、「東瀛(とうえい)」ともいう。

六朝(りくちょう)以後は、

道教に摂取され道家の理想とする想像上の人物、

を指すようになった(日本伝奇伝説大辞典)、とある。だから、仙人や神仙は、

もともと神である神仙たちは、仙境ではなく、天界や天宮等の神話的な場所に住み暮らし、地上の山川草木・人間福禍を支配して管理、

するものであったが、道教の不滅の真理を悟り、

自分の体内の陰と陽を完全調和し、道教の道(タオ)を身に着けて、その神髄を完全再現することができる、

というものに変わったことになるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E4%BA%BA。六朝時代、服用する仙薬などによっていろいろな段階があるとされ、晋の『抱朴子(ほうぼくし)』では、

天仙、
地仙、
尸解仙(しかいせん 魂だけ抜けて死体の抜け殻となるもの)、

の三つに区分し、

案ずるに仙経に云はく、上士は形を挙げて虚に昇る、これを天仙と謂ひ、中士は名山に遊ぶ、これを地仙と謂ひ、下士は先ず死して後に脱す、之を尸解仙と謂ふ、

とある(日本伝奇伝説大辞典)。

赤松子 (5).jpg

(赤松子(せきしょうし)  http://www2.otani.ac.jp/~gikan/11_1situ_01.htmlより)


仙人になる方法として、

導引(どういん 呼吸運動)、房中術(ぼうちゅうじゅつ)、薬物、護符、精神統一、

などがあるとしている(日本大百科全書)。仙人の伝を記した最初の書は、前漢末に劉向(りゅうこう)が撰したとされる『列仙(れつせん)伝』では、

赤松子(せきしょうし)、
馬師皇(ばしこう)、
黄帝(こうてい)、
握佺(あくせん)、

等々70余人が記されている。その後も、葛洪(かっこう)撰『神仙伝』、沈汾(ちんふん)撰『続仙伝』、杜光庭(とこうてい)撰『仙伝拾遺(せんでんしゅうい)』、曽慥(そぞう)撰『集仙伝』等々があり、清の『古今図書集成』「神異典」には、上古より清初までの仙人1153人が網羅されている、とか(仝上)。

仙人の方術には、

身が軽くなって天を飛ぶ、
水上を歩いたり、水中に潜ったりする、
座ったままで千里の向こうまで見通せる、
火中に飛び込んでも焼けない、
姿を隠したり、一身を数十人分に分身したりして自由自在に変身する忍術を使う、
暗夜においても光を得て物体を察知する、
猛獣や毒蛇などを平伏させる、

等々があるとかhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E4%BA%BA。この「方術」、なんとなくしょぼい感じがするのは、ぼくだけだろうか。

八仙渡海図.jpg

(八仙(鍾離権、呂洞賓、韓湘子、李鉄拐、張果老、曹国舅、藍采和、何仙姑)渡海図 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E4%BA%BAより)

仏教における仙人、つまり、

インドの仙人、

は、

梵語Ṛṣi、

の訳で、

大仙、
仙聖、
仙、

とも称し(日本伝奇伝説大辞典)、

聖仙、
聖人、
賢者、

とも漢訳されている(日本大百科全書)。インドにおいては、「リシ」とは、

ヨーガの修行を積んだ苦行者であり、その結果として神々さえも服さざるをえない超能力(「苦行力」と呼ばれる)を体得した超人、

であり、また、

神秘的霊感を以て宗教詩を感得し詠むという。俗界を離れた山林などに住み、樹木の皮などでできた粗末な衣をまとい、長髪であるという、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%B7。「中阿含」には、

七古仙、

「仏本行集」には、

七大仙、

等々が載るが、ヒンズー教の経典『マハーバーラタ』では、

マリーチ、
アトリ、
アンギラス、
プラハ、
リトゥ、
プラスティヤ、
ヴァシシュタ、

が七聖賢とされている。彼らは基本、

外道(仏道以外)の修行者で、世俗との交わりを断ち、山中にてむ諸道の法を修め、悟りを得た者、

をいい、その修行は、

仙聖とは梵行を修する人なり(大方等大集経)、
王は阿私仙の言を聞きて歓喜雀躍し、即ち仙人に随ひて所須を供給し、菓を採り水を汲み、薪を拾ひ食を設け、乃至身を以て床座と為す(法華経)、

とある(日本伝奇伝説大辞典)。

寺院のリシのレリーフ.jpg

(寺院のリシのレリーフ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%B7より)

中国およびインドの仙人は日本にも伝わり、天平年間(729~749)に三仙人、

大伴(おおとも)仙人、
安曇(あずみ)仙人、
久米(くめ)仙人、

の伝説がみえている(日本大百科全書)とあり、虎関師錬(こかんしれん)の『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』神仙の項には、

白山明神(はくさんみょうじん)、
新羅(しんら)明神、
法道(ほうどう)仙人、
陽勝(ようしょう)仙人、

等々13人が記されている(仝上)。大伴(おおとも)仙人、安曇(あずみ)仙人、久米(くめ)仙人という名を見ると、「久米仙人」http://ppnetwork.seesaa.net/article/483162515.htmlで触れたように、『扶桑略記』にも、

本朝往年有三人仙。飛龍門寺。所謂大伴仙、安曇仙、久米仙也。大伴仙草庵。有基無舎、余両仙室。于今猶存、

とあり、古代氏族とのつながりを推測させる。

本来は、道教の仙人と仏教の仙人は別ものであるが、「久米仙人」が、久米寺創建とつながるように、わが国では区別されていない。たとえば、『日本霊異記』の役小角(えんのおづぬ)説話では、

孔雀博士の呪法を修め不思議な霊術の力を身につけ、現世で仙人になって天を飛んだ、

とあるように、道教の仙人が仏教の中に取り入れられている(日本伝奇伝説大辞典)。

「仙」 漢字.gif

(「仙」 https://kakijun.jp/page/0509200.htmlより)

「仙」(セン)は、

会意。「人+山」で、山中に住む人を表す会意兼形声と考えてもよい。仙は僊の後に作られた略字、

で、

長生きした末、魂が体から抜け去って空中に帰した者、

の意で、秦から後漢のはじめにかけては「僊人」と書いた。さらに、

人間界を避けて山中に入り霞と露を食べて不老不死の術を修行した者、

の意で、三国・六朝の頃から、「仙人」と書くようになった、とある(漢字源)。

「僊」 漢字.gif


「僊」(セン)は、

会意兼形声。西(セイ・セン)の原字は、水が抜け出るざるを描いた象形文字。䙴(セン)は「両手+人のしゃがんだ形+音符西(みずがぬけるざる)」の会意兼形声文字で、人が修行のすえ、ざるや穴からぬけでるように、魂の抜け去る術を心得ること。僊はそれを音符として人を加えた字で、その修行を積んだ人を示す、

とある(仝上)。つまり、仙人を指す。

「遷」 漢字.gif

(「遷」 https://kakijun.jp/page/1526200.htmlより)

「遷」(セン)は、

会意兼形声。䙴(セン)は「両手+人のしゃがんだ形+音符西(みずがぬけるざる)」の会意兼形声文字で、人がぬけさる動作を示す。遷はそれを音符とし、辶を加えた字で、そこから脱け出し中身が他所へうつること、

とあり(漢字源)、「うつる」意だが、

もとの場所・地位をはなれて、中身だけが他へ移る(「遷移」「左遷」等々)、

意であり

魂が肉体から離れて、自在に遊ぶようになった人、

つまり仙人も意味する(仝上)。

「遷」 成り立ち.gif

(「遷」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1965.htmlより)

別に、
形声。辵と、音符䙴(セン)とから成る。高い所に上がる意を表す。転じて「うつす」意に用いる、

とする説(角川新字源)、

会意兼形声文字です。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「2人が両手で死体の頭部をかかえ移す」象形(「移す」の意味)から、「移す」を意味する「遷」という漢字が成り立ちました、

とする説https://okjiten.jp/kanji1965.htmlもある。

参考文献;
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:仙人 僊人 神仙
posted by Toshi at 04:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする