「おきな」は、
翁、
と当て、
男の老人、老爺、
を意味し、その対は、
おみな、
で、
嫗、
と当て、
老女、
の意である(広辞苑)。神代紀に、
(ひとりの)老翁(おきな)と老婆(おみな)ありて、
とあるが、「老翁」を、
ろうおう、
と訓むと、
老いた男性、老爺、
の意だが、対になるのは、
老婆、
の意の、
老媼(ろうおう)、
になる。同義で、
老嫗(ろうう)、
とも言う。老翁は、また、
老叟(ろうそう)、
ともいう。これは皆漢語である。
出門老嫗、喚雞犬(徐照詩)、
誰念三千里、江湖一老翁(老叟)(張説詩)、
等々とある(字源)。
さて、和語「おきな」は、
キは男性を示し、ナは人の意。キとミで男女を区別する例は、神名イザナキ(伊邪那岐/伊弉諾/伊耶那岐)とイザナミ(伊邪那美/伊弉冉/伊耶那美/伊弉弥)など。奈良・平安時代を通じて、和文脈では「おきな」は軽侮の対象になっていることが多いが、漢文脈では「おきな」は敬意を含んで使われた。中世ではオキナの対語として「うば」が使われることがある、
とある(岩波古語辞典)。和文脈では、
老人、
ではなく、
じじい、老いぼれ、
という語感だが、漢文脈では、
古老、長老、
という語感になるのだろう。「おきな」は、「若い人」に対して、相対的な年寄りを指すこともある。「うば」は、
姥、
嫗、
と当てるが、
老婆、
の意の他に、
祖母、
の意もある。漢語では、
老姥(ろうぼ)、
は、
姆、
に同じで、
年老いたるばば、
の意になる(字源)。
「をんな」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/483783606.html?1633635501)でも少し触れたが、「おきな」の語源は、一筋縄にはいかないようだ。
オキナ、オミナに対してヲグナ、ヲミナがあることから、オ(大)、ヲ(小)の差がキ(ク)、ミ(ム)の上につけられていたことがわかる。老若制度から出た社会組織上の古語であったらしい(翁の発生=折口信夫)、
オキナはヲグナに対する語で、オ、ヲで大小老若を示す。キナ、クナは明らかでないが、フナ、クナは男性を指す語。あるいは、ナは親愛の意を添える接尾語か(物語文学序説=高崎正秀)、
オは大、キはコと同じく男子の称呼で、メ(ミ)と対立する。ナはネの転呼で敬称(日本古語大辞典=松岡静雄)、
オはヲ(小)に対するオ(大)。オキナはオグナ(大人)、ヲグナはヲグナ(小人)で、クナ、キナは朝鮮語のkamt(人)といったする語である(日鮮同祖論=金沢庄三郎)、
ヲキナは大男汝で、ヲトコ(小男)の老年に及んだ物の意(日本語源=賀茂百樹)、
等々と、
オ=大、
ヲ=小、
とする説がある。しかし、「をんな」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/483783606.html?1633635501)で触れたように万葉集で、「ヲミナヘシ」の「ヲミナ」に、
ことさらに衣は摺らじをみなへし(佳人部為)佐紀野(さきの)の萩ににほひて居(を)らむ
我が里に今咲く花のをみなへし(娘部四)堪(あ)へぬ心になほ恋ひにけり
と、多く、
佳人、美人、姫、
の字が当てられている(岩波古語辞典)。つまり、「をみな」は、古くは、
美人、
に限定して使われていたもののようである。それを、「おみな」に対して、「小」とするのは、年長、年少の含意なのだろうか。その他、
おきなびと(翁人)の略、おきなびとは、大成人(おほきなりびと)の略か(おとな、おみな)、或いは、息長人(おきながびと)の略なりとも云ふ(継体即位前紀、註「此云那」、和名鈔、「豊後國、日高郡、比多」)(大言海)、
オはオイ(老)のオ、キは男性をあらわす語。ナはセナ(兄)、オトナ(大人)のナと同じく人の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
等々がある。「ナ」は、
おとな(大人)の「ナ」(大言海)、
でいいと思うが、上述のように、
イザナキ(伊邪那岐)・イザナミ(伊邪那美)、
カムロキ(神漏伎)・カムロミ(神漏美)、
等々の「キ」と「ミ」で性を分けたと見るのが妥当なのだろう。
「お」と「を」は、ぼくには、
「養老戸令」では「六十六為耆」とある。オはオホに同じく「年上」の意から「老(おゆ)」の意。オキナとオミナ(音便形オウナ)との対にみられるように、キとミとの対で男・女を表わす、
とある(精選版日本国語大辞典)のが妥当に思える。礼記に、
年齢六十を耆(おきな)と云ふ、
とある(岩波古語辞典)のに因るのだろう。もっとも、大小も、老少も、「を」「お」だけで区別したと思われるので(文字を持たない時は、当事者にはそれで十分区別できたのだろうから)、文脈によって読み取るほかはないが、この場合は、老少の違いとみていいのではないか。
「おみな」は、
ミは女性を示し、ナは人の意。キとミで男女を区別する例は、イザナキとイザナミなどがある、
とされ(岩波古語辞典)、
オホメナリ(大女成)の略転(大言海)、
オホメ(大女)の転、ナはネに通じる敬称(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ヲミナ(童女)に対するご、オとヲは大小老若を示す(物語文学序説=高崎正秀)、
等々、オとヲを、
大小の違い、
というよりは、
ヲミナ(女)に対する語で、ヲ(袁)とオ(於)を以て老少を区別する(古事記伝)、
と、
老若の違い、
と採る方が妥当と思えることは上述した通りである。
なお、「おみな」は、その音便形、
おうな、
に転嫁し、
媼、
嫗、
と当てる(岩波古語辞典)。
「翁」(漢音オウ、呉音ウ)は、
形声。「羽+音符公」。もと、鳥の首の羽毛の意。「おきな(長老)」の意は、公(長老)と同系統の言葉に当て、老人に対する尊称に用いる
とある(漢字源・角川新字源)
(「翁」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1456.htmlより)
別に、
会意兼形声文字です(公+羽(羽))。「2つに分れているものの象形、又は、通路の象形と場所を示す文字」(みなが共にする広場のさまから、「おおやけ」の意味、また「項(コウ)」に通じ(同じ読みを持つ「項」と同じ意味を持つようになって)、「くび」の意味)と「鳥の両翼」の象形から、「老人を尊んで言う、おきな」、「鳥の首筋の羽」を意味する
「翁」という漢字が成り立ちました、
とする解釈もある(https://okjiten.jp/kanji1456.html)。
「嫗」(漢音呉音ウ、慣用オウ)は、
会意兼形声。「女+音符區(ク 小さくかがむ)」。背中の屈んだ老婆、
とある(漢字源)。
(「嫗」 小篆・説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AB%97より)
「媼」(オウ)は、
会意兼形声。右側は、小さい枠の中にこもってふさがる意を含む。媼は、それと女を合わせた字で、老いて体の小さく屈んだ女のこと、
とある(漢字源)。
「叟」(漢音ソウ、呉音ス)は、
会意。「臼(かまど)+又(手)」。かまどのなかを手で捜す意を示し、捜(ソウ)の原字。老人の意を示す叟は仮借てきな用法である、
とある(仝上)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95