2021年10月10日

おみな・おきな


「おきな」は、

翁、

と当て、

男の老人、老爺、

を意味し、その対は、

おみな、

で、

嫗、

と当て、

老女、

の意である(広辞苑)。神代紀に、

(ひとりの)老翁(おきな)と老婆(おみな)ありて、

とあるが、「老翁」を、

ろうおう、

と訓むと、

老いた男性、老爺、

の意だが、対になるのは、

老婆、

の意の、

老媼(ろうおう)、

になる。同義で、

老嫗(ろうう)、

とも言う。老翁は、また、

老叟(ろうそう)、

ともいう。これは皆漢語である。

出門老嫗、喚雞犬(徐照詩)、

誰念三千里、江湖一老翁(老叟)(張説詩)、

等々とある(字源)。

さて、和語「おきな」は、

キは男性を示し、ナは人の意。キとミで男女を区別する例は、神名イザナキ(伊邪那岐/伊弉諾/伊耶那岐)とイザナミ(伊邪那美/伊弉冉/伊耶那美/伊弉弥)など。奈良・平安時代を通じて、和文脈では「おきな」は軽侮の対象になっていることが多いが、漢文脈では「おきな」は敬意を含んで使われた。中世ではオキナの対語として「うば」が使われることがある、

とある(岩波古語辞典)。和文脈では、

老人、

ではなく、

じじい、老いぼれ、

という語感だが、漢文脈では、

古老、長老、

という語感になるのだろう。「おきな」は、「若い人」に対して、相対的な年寄りを指すこともある。「うば」は、

姥、
嫗、

と当てるが、

老婆、

の意の他に、

祖母、

の意もある。漢語では、

老姥(ろうぼ)、

は、

姆、

に同じで、

年老いたるばば、

の意になる(字源)。

「をんな」http://ppnetwork.seesaa.net/article/483783606.html?1633635501でも少し触れたが、「おきな」の語源は、一筋縄にはいかないようだ。

オキナ、オミナに対してヲグナ、ヲミナがあることから、オ(大)、ヲ(小)の差がキ(ク)、ミ(ム)の上につけられていたことがわかる。老若制度から出た社会組織上の古語であったらしい(翁の発生=折口信夫)、
オキナはヲグナに対する語で、オ、ヲで大小老若を示す。キナ、クナは明らかでないが、フナ、クナは男性を指す語。あるいは、ナは親愛の意を添える接尾語か(物語文学序説=高崎正秀)、
オは大、キはコと同じく男子の称呼で、メ(ミ)と対立する。ナはネの転呼で敬称(日本古語大辞典=松岡静雄)、
オはヲ(小)に対するオ(大)。オキナはオグナ(大人)、ヲグナはヲグナ(小人)で、クナ、キナは朝鮮語のkamt(人)といったする語である(日鮮同祖論=金沢庄三郎)、
ヲキナは大男汝で、ヲトコ(小男)の老年に及んだ物の意(日本語源=賀茂百樹)、

等々と、

オ=大、
ヲ=小、

とする説がある。しかし、「をんな」http://ppnetwork.seesaa.net/article/483783606.html?1633635501で触れたように万葉集で、「ヲミナヘシ」の「ヲミナ」に、

ことさらに衣は摺らじをみなへし(佳人部為)佐紀野(さきの)の萩ににほひて居(を)らむ
我が里に今咲く花のをみなへし(娘部四)堪(あ)へぬ心になほ恋ひにけり

と、多く、

佳人、美人、姫、

の字が当てられている(岩波古語辞典)。つまり、「をみな」は、古くは、

美人、

に限定して使われていたもののようである。それを、「おみな」に対して、「小」とするのは、年長、年少の含意なのだろうか。その他、

おきなびと(翁人)の略、おきなびとは、大成人(おほきなりびと)の略か(おとな、おみな)、或いは、息長人(おきながびと)の略なりとも云ふ(継体即位前紀、註「此云那」、和名鈔、「豊後國、日高郡、比多」)(大言海)、
オはオイ(老)のオ、キは男性をあらわす語。ナはセナ(兄)、オトナ(大人)のナと同じく人の義(国語の語根とその分類=大島正健)、

等々がある。「ナ」は、

おとな(大人)の「ナ」(大言海)、

でいいと思うが、上述のように、

イザナキ(伊邪那岐)・イザナミ(伊邪那美)、
カムロキ(神漏伎)・カムロミ(神漏美)、

等々の「キ」と「ミ」で性を分けたと見るのが妥当なのだろう。

「お」と「を」は、ぼくには、

「養老戸令」では「六十六為耆」とある。オはオホに同じく「年上」の意から「老(おゆ)」の意。オキナとオミナ(音便形オウナ)との対にみられるように、キとミとの対で男・女を表わす、

とある(精選版日本国語大辞典)のが妥当に思える。礼記に、

年齢六十を耆(おきな)と云ふ、

とある(岩波古語辞典)のに因るのだろう。もっとも、大小も、老少も、「を」「お」だけで区別したと思われるので(文字を持たない時は、当事者にはそれで十分区別できたのだろうから)、文脈によって読み取るほかはないが、この場合は、老少の違いとみていいのではないか。

「おみな」は、

ミは女性を示し、ナは人の意。キとミで男女を区別する例は、イザナキとイザナミなどがある、

とされ(岩波古語辞典)、

オホメナリ(大女成)の略転(大言海)、
オホメ(大女)の転、ナはネに通じる敬称(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ヲミナ(童女)に対するご、オとヲは大小老若を示す(物語文学序説=高崎正秀)、

等々、オとヲを、

大小の違い、

というよりは、

ヲミナ(女)に対する語で、ヲ(袁)とオ(於)を以て老少を区別する(古事記伝)、

と、

老若の違い、

と採る方が妥当と思えることは上述した通りである。

なお、「おみな」は、その音便形、

おうな、

に転嫁し、

媼、
嫗、

と当てる(岩波古語辞典)。

「翁」 漢字.gif


「翁」(漢音オウ、呉音ウ)は、

形声。「羽+音符公」。もと、鳥の首の羽毛の意。「おきな(長老)」の意は、公(長老)と同系統の言葉に当て、老人に対する尊称に用いる

とある(漢字源・角川新字源)

「翁」 成り立ち.gif

(「翁」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1456.htmlより)

別に、

会意兼形声文字です(公+羽(羽))。「2つに分れているものの象形、又は、通路の象形と場所を示す文字」(みなが共にする広場のさまから、「おおやけ」の意味、また「項(コウ)」に通じ(同じ読みを持つ「項」と同じ意味を持つようになって)、「くび」の意味)と「鳥の両翼」の象形から、「老人を尊んで言う、おきな」、「鳥の首筋の羽」を意味する
「翁」という漢字が成り立ちました、

とする解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji1456.html

「嫗」 漢字.gif

(「嫗」 https://kakijun.jp/page/ou14200.htmlより)

「嫗」(漢音呉音ウ、慣用オウ)は、

会意兼形声。「女+音符區(ク 小さくかがむ)」。背中の屈んだ老婆、

とある(漢字源)。

「嫗」 説文解字.png

(「嫗」 小篆・説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AB%97より)

「媼」(オウ)は、

会意兼形声。右側は、小さい枠の中にこもってふさがる意を含む。媼は、それと女を合わせた字で、老いて体の小さく屈んだ女のこと、

とある(漢字源)。

「媼」 漢字.gif


「叟」(漢音ソウ、呉音ス)は、

会意。「臼(かまど)+又(手)」。かまどのなかを手で捜す意を示し、捜(ソウ)の原字。老人の意を示す叟は仮借てきな用法である、

とある(仝上)。

「叟」 漢字.gif

(「叟」 https://kakijun.jp/page/sou200.htmlより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:おみな おきな
posted by Toshi at 04:33| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする